ブーンがシリアルキラーになったようです。
4. 愛別離苦
うつべきをうたず、うたいでもよいものをうった
―――都井睦雄
一夜で30名を殺し、自殺した連続殺人犯、都井睦雄の遺書より。
「・・・・・・・・・・・・。」
とても清清しい朝だった。
僕はPCのモニターの前で朝を迎えた。
一睡もせず、モニターを眺め続けていた僕の目に、朝日が染み渡る。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
僕の目の奥から熱いものがこみあげてきた。
僕は一体何をやっていたのだろうか。
モニターの向こう側、電子の世界では未だに憎き論敵達が僕を煽り立てている。
「^^;先生が居るって言うから来たのに、もっと香ばしいのが居たなwwww」
「ゆとり、早くレスしろよwww」
「ゆとり君落ちた?」
「ゆとりに徹夜は辛いだろwww」
「ゆとり君、はやくレスしてください>< 汚名挽回させてください><」
「汚名挽回キタコレwwwww」
いつの間にか僕には「ゆとり君」とかいう渾名がつけられていた。
その論敵達の中に、この騒動の原因を作った”ヤツ”の書き込みが混じっているのを発見する。
「うわ^^;お前等まだやってんの?^^;ゆとり、散々人のことオタクオタク言っといて、徹夜で書き込みなんて完全にネット廃人じゃん^^;」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
だが、僕にはもう何も言い返す気力は無い。
この掲示板を見ていることすら苦になってきたので、僕は無言でPCの電源を切り、強制終了させる。
モニターの電源も落とすと、さっさと制服に着替えて鞄を持ち、リビングへと向かい、朝食をとる。
洗面所で歯を磨くときに、自分の目の下にうっすらとクマができていることを確認する。
本当に、僕は一体何をやっていたのだろうか。
鏡に映る薄いクマが僕の馬鹿さ加減の証明のように思えた。
僕という人間がどれだけ愚かなのか、そのクマの中に全て集約されているような気さえした。
「うう・・・・・・・・・。ううう・・・・・・。」
僕は少し泣きそうになりながらも、鏡から目を逸らした。
リビングでさっさと朝食をとろうと、冷凍庫からトーストを取り出し、焼こうとするがどうしても食べる気が起きず、そのまま冷凍庫に戻す。
「・・・・・・・・・・・・。」
そうこうしているうちに、時間は過ぎていく。
仕方ないので僕はさっさと制服に着替えて家を出た。
僕は眠気に下へ下へと引っ張られていく瞼を指で擦り、暗鬱たる気持ちで学校へと向かった。
頭の中で渦巻いているのは、あの苛立たしい顔文字を多用する書き込み。
奴の書き込みを思い出すたびに歯軋りをしたくなった。
しかし、昨日の路地裏での事を忘れさせてくれたと言う点ではあの書き込みをしていた人間に感謝すべきなのかもしれない。
それにしても眠い・・・・・・・・・。
「おい。」
怒気孕んだ静かな声が聞こえると共に、僕の頭頂部を何かが叩いた。
頭蓋に響く衝撃に、僕の意識が夢の世界から現実へと引き戻される。
「宿題忘れた次は、授業中に居眠りか、内藤?廊下に立つのがそんなに好きか?」
顔を上げると丸めた教科書を握った赤城先生が、僕の机の前に立っていた。
「僕はゆとり世代じゃありません。叩かれたぐらいで怒りませんお。」
「は?」
あの掲示板に書き込んだ時の夢を見ていた僕は、ついそう言ってしまった。
そんな僕に先生が疑問符付きの声を返す。
「とにかく、しっかり目開いて授業に集中しろ。」
「・・・・・・。どんだけ目ン玉ひん剥いても、見えねえもんもあるんだけどなあ・・・・・・。」
「座頭市かよ。」
映画の登場人物の台詞を真似てみた僕に、再び教科書を握った腕が振り下ろされた。
バシッ、としか表現の仕様の無い音が教室に響く。
「観点を変えてみれば僕が寝ていたのではなく、先生達が起きていたと言えるのではないだろうかお?」
僕がめげずにそう言ってみると、再び教室にバシッという音が響いた。
「観点を変えてみれば、私が殴ったのではなく内藤が殴られたとも言えるのではないだろうか。」
赤城先生がしれっとした顔で言った。
さらに何か言おうと口を開く僕に対して、先生は丸めた教科書を広げ、背表紙を下にして構える。
言わずもがなの事だが、背表紙で殴られるのは痛い。
とてつもなく痛い。
「観点を変えてみれば、これが痛いのではなく今までのがそれほど痛くなかったとも言えるのでは―――」
「わかりました!!!わかりましたお!!!!もう寝ませんお!!!!」
そんなもので叩かれてはたまらないとでも言うかのように、僕は先生の台詞をさえぎって声を上げる。
それを見て先生がニヤリと笑った。
僕は大人しく廊下に出た。
教室から出て行く僕をツンが呆れたような目で見ていた。ばか。ツンの口の形がそう動いた。
「内藤君、君、今日はやけに眠そうだね。」
文芸部の部室で部長がそう言った。
その手には本が一冊。
タイトルには「娑婆――我が生涯」。自伝のようだ。
部長がその本を読み始めて三十分ほど経つが、未だに数ページしか読み終わってない。
「はい、昨日あまり寝てないんですお。」
僕は今日もまた部室を訪れていた。
別に大した活動もしていないので、ずっと幽霊部員でもよかったのだが、なんだかこの部活の静かなふいんき(←何故か変換できない)を気に入ってしまったのだ。
「睡眠不足かあ・・・。寝ないのはよくないよ。うん、寝ないのはよくない。」
部長はしきりに何かに納得するように頷く。
「まあ、かく言う私寝不足なのだけどね。眠くてしょうがないよ。」
確かに、部長の目の下にはうっすらとだがクマができている。先ほどからしきりに目をこすっていたが、そういうことだったのか。
手に取っている本がなかなか進んでいないのも眠気のためだろう。心なしか、何時もは物静かできっちりした印象のある部長が今日は気だるげだ。
「部長も寝て無いんですかお?」
「うん、昨日の夜はネットの掲示板に書き込んでてね。ちょっと面白い事があって、ついつい夢中になって徹夜してしまったというわけだよ。」
これは奇遇な事もあるものだ。僕とおなじく先輩もインターネットの掲示板に書き込んでいてで寝ていないらしい。
そう思いつつ、今朝コンビニで買って来たペットボトルのレモンティーに口をつける。どうでもいいが、僕はアップルティーよりもレモンティーが好きだ。
コンビニのアップルティーは風味も薄いし全然味がしないが、レモンティーならほどよい酸味がある。
「部長も寝ないでインターネットですかお。僕もですお。」
「うん。ゆとり君っていうおもしろい人が暴れててね。見ていたらどうしても途中で目を離すことができなくなっちゃって・・・。本を読んでいても転寝してしまうんだよ。」
先輩の口から「ゆとり君」という単語がでた瞬間、僕は飲んでいたレモンティーを吐き出しかけた。
「悔しい事に途中からしか見れなかったんだけどね。最初の方のログはDat落ちしちゃってて、見れないんだ。残念だよ。」
本当に残念そうに、悔しそうな表情と口調でそう言う部長。
対して、僕の心臓はここで聞くとは思わなかった、昨日つけられたばかりの自分のあだ名を聞いて早鐘を打ったようにバクバクと脈打っている。
「そ、そうですかお。残念でしたね、部長。」
なんとか平然と返事をする事ができた・・・・・・はずだ。少し声が震えてしまったかもしれない。しかし大丈夫だ。大丈夫だ。だから部長よ、何故そんな怪訝そうな顔で僕を見る。やめろ、そんな目で見るな。落ち着け、落ち着け、落ち着け、僕。素数を数え(ry
「ところで内藤君、君、さっきから私のことを部長、部長としか呼ばないけど、私の名前を覚えてないのではあるまいね?」
だが、部長は僕の心配を他所に話題を変えてくれた。助かった。
「そんなことないですお。もちろん覚えてますお。佐伯・・・・・・。」
「佐伯?」
「佐伯・・・・・・・・・。」
おかしい。何故だか思い出せない。部長の名前は佐伯・・・・・・・・・、なんだったっけ?佐伯み・・・、み、なんとか。
「佐伯・・・・・・みずち・・・?」
「・・・・・・・・・・・・。そんな名前の人間がいると思ってる?」
「・・・・・・・・・。美樹?美香?美咲?」
「・・・・・・・・・・・・もういいよ。」
部長は冷たい視線でを僕に向け、不満そうに口を尖らせる。
「名前なんてかざりですお。」
「・・・・・・・・・・・・。」
部長の氷点下の視線が突き刺さる。
その時、部活の終了を告げる鐘が鳴った。校舎内に残っている生徒はもう帰らなければならない。
僕は救われたと思いつつ、荷物をまとめて、部長に挨拶するとさっさと部室から出て行った。
背中に刺さる部長の視線が痛かった。
しかし、本当に部長の名前ってなんだったっけ?
「お、内藤、今帰り?」
「ん?内藤は帰宅部じゃなかったかな?」
部活を終え、校門に向かうために校庭を横切る僕にギコとショボが声をかけてきた。
二人ともマンガに影響されてテニス部に入っている。今までは僕は帰宅部だったので、帰りの時間が重なる事は無かったのだが・・・。そう考えると、やはり面倒だが部活に参加するのも悪くは無い。
「昨日から文芸部に入ったんだお。」
「文芸部って、あきらかにやる気無いな、おまえ。」
「まあ、まだ幽霊部員になると決まったわけじゃないんだ、そういうなよ、ギコ。」
「でも正直、結構文芸部おもしろいお。」
「そうかい。ところで内藤、これからギコと吉牛行く予定なんだが、来るかい?」
「行くお。」
「なあ、なんで吉牛っていうの?おまえ牛丼嫌いだから何時も豚丼ばっかり食ってるじゃん。吉野家って普通に呼べば良いのに、なんでお前等吉牛とか言うの?」
「いや、吉牛は吉牛だろう。吉野家なんていちいち言うの面倒だしね。」
「は?『よしぎゅう』のがいいにくいし。吉野家の方が言いやすいし。」
「どうでもいいと思うお、そんな事。」
「よくねーよ。うわ、今まで俺こんな奴等と付き合ってたんだ。うわ。」
「ところでショボ、文系と理系、どっちに進むお?」
「別に、大学には行かないと思うし、どっちでもいいかな。」
「進学しないのかお?高卒?DQN?」
「誰がDQNだ。ぶち殺すぞ。家の都合で、家業関係の仕事に就くことになると思うから、大学なんて出てても出て無くても関係無いんだ。」
「ふーん、そうかお。」
「おいコラ、お前等無視すんな。吉牛って言うのもうやめろ。吉野家ってちゃんと呼べ。」
「なんでそんなに拘ってるの?」
その後、僕等は牛丼を食べて、暇つぶしにカラオケに行った。父の帰りは遅いので、多少家に帰るのが遅くても怒られる事は無い。というか、放任主義なのでどれほど帰りが遅くなっても怒られる事は無いだろう。
「真夏に始まるセレナーデ、Oh Oh Oh〜」
個室の中にギコの調子っぱずれな歌が響く。安いこのカラオケは個室の壁が薄く、隣の個室の歌がかすかに響いてくる。隣の個室に響いているのは「月月火水木金金〜」という軍歌だった。古めかしい歌だが、歌ってる奴はやたらと上手い。
やがて、ギコの歌が終って採点が始まった。
「うわ、51点ってwwwおまwwww」
「テラヘタスwwwwだな。50点代取る奴ってはじめて見たよ。」
「なんだコレ?壊れてるんじゃねーの?」
「そうだな、ギコの歌に51点もやるとは。壊れてるとしか思えん。」
「ちょwwwww」
久しぶりにカラオケに行ったような気がするが、自分が最低の糞っ垂れた殺人犯だという事を忘れられるほど楽しかった。
無性に泣きたくなった。
「あ、次またレンジか。うわ、誰?こんなにレンジ連チャンしてる奴。」
「あ、俺だわ。」
「ぶち殺すぞギコ。」
「花びらのように塵行く中で夢みたいに〜」
個室の中にギコの調子っぱずれな歌が再び響きだした。
どうやら次の曲に突入したようだ。
点数はあまり期待できそうに無い。
けれど、きっと僕の人生に点数をつけたら、50点どころではないだろう。
いや、そもそも採点すらされないだろう。
「愛し合って〜喧嘩して〜」
三度はずれながらギコの声が響いた。
ショボ、ギコと分かれたのは七時を回ってからだった。
父の部屋にはもう灯がついている。今日は早い帰りのようだ。
ドアに鍵がかかっているのを不思議に思いつつも、きっと父は僕が既に帰っていて、自室にいると思っているのだろう、と思い鍵穴に鍵を挿し込む。
カチャリ。
鍵が開く。心なしか今日の鍵が開く音は耳に心地良い。「ただいま」という僕の声が家の中に響く。返事は無いが、既に家に僕を迎えてくれる人間が居るとわかると、嬉しくなる。
家に帰った僕は、そのまま自室へと向かい、早速PCをつけて履歴から昨日の掲示板を開く。
今日はこの掲示板のことを考えるたびにイライラしいた。
だが、昨日の妙な顔文字を使う奴の書き込みを信じるなら、あのスレッドの過去ログを漁れば、僕の知りたい情報を得られるかもしれない。
大丈夫、今日の僕は冷静だ。
連中の煽りごときで僕は冷静さを失わない。
自分に言い聞かせるように何度もそう呟き、掲示板のスレッド一覧を表示する。
すると、真っ先に目に飛び込んだスレッドが一つ。
「ゆとり先生総合スレッド Part2」
何やら先生づけで呼ばれている。
僕は嫌な予感を抱きつつもそのスレッドを開く。
「だから絶対釣りだって。全部二〜三分間隔で書き込んでんだぜ。」
「あれ絶対、トイレも水分補給とかもしてないし。絶対廃人。初心者のわけがない。」
「いや、でも釣りにしては書き込みが感情的過ぎる。最初はネタのつもりだったのかもしれんが、本気になってたのは間違いない」
「お前等、だんだん過疎って来てるぞ!!先生の偽も少なくなってきてるし、早く『汚名挽回』しないと先生来ないぞ!!」
「汚名挽回wwwwwww」
予想通り、そのスレッド内は僕を馬鹿にするような書き込みばかりで埋まっている。
「・・・・・・・・・・・・。」
僕は黙ってIEをとじてPCの電源を切った。
これ以上見ていると、また昨日のように徹夜で書き込む、等という事になりそうなので、気分転換に外へ出る。
パーカーを掴み、それを羽織りながら玄関の扉を開けたところで―――
―――丁度外から玄関のドアノブを掴もうとしていて刑事と向かい合う形になってしまった。
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
今更だが、 僕は自分が殺人犯だという事を忘れていた。
罪の意識を感じていないのだから当然だ。
「・・・・・・どうも。」
「いえ、こちらこそどうもですお。」
「とりあえず、今お話いいですか?」
「・・・・・・はい(なんだこのふいんき^^;)」
なんだかやけに相手の刑事が遠慮がちな声を出してくるので、僕の方としても対応に困って妙な空気が流れてしまう。
「お父さんが亡くなって大変だとは思いますが・・・。」
「は?」
ちょっと待て、今目の前のコイツはなんと言いやがった。
「ですから、お父さんがお亡くなりになって・・・。」
「いえ、父ならここに居ますお。」
僕はそう言って父の部屋をノックして、ドアを開ける。
「・・・・・・・・・あれ?」
だが、部屋の中に電気はついていれど、人の気配は無い。
というか、誰も居なかった。
「・・・・・・・・・・・・。」
刑事が可哀想なものでも見るかのような目で僕を見てくる。
ちょっとまて、これはあれではないか?
本当に父が死んだというのなら、「家族が死んだのを受け入れられず、頭蛾ぶっ壊れた変な人」として見られているのではないか?
僕の顔に狼狽が浮かぶ。
「そうですね・・・元気そうで何よりです・・・。」
焦った僕の表情をどうとったのか、刑事はそう言った。
いや、待て。ちょっと待て。刑事よ、おまえは勘違いをしている。
「じゃあ、ちょっと日を改めて」
「ちょwwwおまwww待てwwwwもっとkwskwwwww」
僕と目を合わせないようにそそくさと立ち去ろうとする刑事を無理やり引き止める。
すると、刑事はいよいよ声を荒げて逃げ出そうとする。
「お父さんは生きているんでしょう!!!ならいいじゃないですか!!!」
「ちょwwwまてwwwwだから勘違いだってwwww」
「離せ!!!警察呼びますよ!!!」
「おまwwww落ち着けwww警察はおまえだwwwwww」
こんなやりとりが、誤解を解くまで十分ほど続いた。
死のうかな!!
第四話・完
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