ブーンがシリアルキラーになったようです。 6、寂滅為楽




数えて無いからわからないが、かなりいいスコアだと思うよ。

     ―――”散歩殺人鬼”ハワード・アンルー
         散歩に出かけている十二分の間に十三人を射殺した殺人犯。
         上の台詞は警察に包囲された彼の家に電話をかけた新聞社の「何人殺した?」
という質問に答えて。



高いビルばかりが居並ぶオフィス街を一人の男が歩いていく。
日に焼けた浅黒い肌をした少し目が大きめの精悍な顔つきの男だ。
茶に染められた髪の毛は寝癖がついたままボサボサで、ファーのついた茶色のコートを着ている。
いかなる歩法を用いているのか、男は多くの人々でごった返しているオフィス街の中を、他人にぶつかる事無く颯爽と人を追い抜いて歩いていく。
と、目的の場所についたのか、男がふと足を止めた。
国内でも有数の電気会社の本社ビルの丁度真横にくるあたりだ。
男の後ろを歩いていた会社員が、突如として歩みを止めた男に、迷惑そうな視線を向けつつも、男を避けるようにその横をすれ違い、追い抜いていこうとする。
しかし、完全には男を避けられず、男の肩と会社員の肩が盛大にぶつかった。


ぶつかった瞬間に会社員がびくりとした。
なんというか、男は会社員よりも上背があったし、日に焼けた肌はどう見たって不健康なようには見えない。
妙ないさかいを起こしたら――
だが、予想に反して男はぶつかってきた会社員の方になど一瞥も向けなかった。
会社員はこれ幸いとばかりにそそくさとその場を離れながら、首を捻る。
男の肩と自分の肩がぶつかった瞬間、なんというか、巨大な岩や柱にぶつかったように、ぶつかっていって力が全て自分に返ってきたのだ。
事実、衝撃に一歩下がった彼に対して、男は身じろぎ一つしなかった。

―――なんなんだ?あの人は。いや、そもそもあれは人なのだろうか。まるで壁か何かにぶつかったような感触だったぞ。

そう思いつつも、立ち尽くす男を眺める。
男は何かを待つように、顔を天に向けて空を眺めている。
いや、空を眺めているわけではない。男のまぶたは閉じている。
そう、まるで視覚など無駄な感覚であり、男がこれからしようよしている事にはかえって邪魔になってしまうとでも言いたげな―――
その時、一陣の突風がオフィス街を吹き抜けた。
巨大なビルの正面にぶつかった風が、ビルの正面を避けてビルの両側面を吹き抜ける現象、ビル風だ。


ビル風の吹き荒れる中、天に向けて突き出すようにしていた顔で最も天に近いもの、男の鼻がピクピクと震えた。
まるでビル風に混じった臭いを嗅ぎ分けているかのように。
そして何回か鼻を動かしていたかと思うと、男は急にこれまで動かしていた鼻の動きをぴたりと止めて呟いた。

「―――見つけた。」


小さいながらも良く響くその声は、ビル風にかき消される事無く、男から離れていっている彼の耳にも届いた。
すると、ビル風が止んだ瞬間、男が唐突に走り始めた。何の予備動作も無い、制止していた態勢から一瞬のうちに疾走の態勢に入った。
それも、車道に向かって。
男は多くの車が行きかう、信号も横断歩道もない車道を横切り始めたのだ。

――――おいおい。

そう思ったときには男は既に車道を渡り終えている。
信じられないほどの速さだ。まるで野犬や猟犬のような、獣じみた身ごなしと素早さだ。陸上の世界選手ですらあれほど早くは無いだろう。
早すぎてよく分からなかったが、男は衝突しそうになった走行中の車のバンパーの上に飛び乗り、歩いていったように見えた。
完全に無音だったため、殆ど気づいたものは居ないし、あの早さだ。走りはじめる前から男を見ていた彼以外は、あの男の破天荒な行動に気づいてはいないだろう。
そうこう考えているうちに、男の姿は人ごみにまぎれて見えなくなってしまった。
しかし、疾走していた男とぶつかりそうになっていた車が、その後も何事も無く走っているところを見ると、彼が見ていたのは幻なのではないかと思ってしまう。




―――本当に、一体なんだったんだろう、あの人は。

首を捻りつつそう思った彼は、いつの間にか自分が足を止めていた事に気がついた。
路上の真ん中で足を止めている自分に、周囲を通り過ぎていく人間が迷惑そうな視線を飛ばしてくるのを見た彼は、急いで歩きはじめる。
彼はこれから得意先の会社廻りをしてこなければならないのだ。
それっきり彼は先ほどの不思議な男の事を思考から完全に除外した。





あの一件から二週間がたった。僕は変わらずに学校に通い続けていたし、先生にもよく叱られていた。
部活には一週間に二回ほどの割合で参加しているし、家に帰っても相変わらず誰も僕を待つ人間は居ない。
それでもあえて変わった事をあげるなら三つほど。
一つは、あの日以来彼女の夢を見なくなったという事。
もう一つは、僕に見えるようになったものがあるということ。
自転車で学校へ向かう道を登校中の僕のまわりには、学校のそばまで来ているということもあって、多くの生徒が歩いていた。
何の変哲も無い日常風景だ。しかし、僕には彼ら、彼女ら一人一人の胸の真ん中に鍵穴が見える。視線を自分の胸に落とせば、やはり自分の胸にも鍵穴がひとつ。
人の服の上からぽっかりと穴を開けているように見えるそれは決して現実に存在するわけではない。
なんというか、それは“イメージ”なのだ。
うまく説明できないが、僕の脳が人間の中にある何かの要素を“鍵穴”として捉えていて、自分の目にだけそれが実際に存在するように錯覚して映る。
僕は学校の駐輪場に着くと、自転車にチェーンをつける。
自転車から降りると、制服のポケットに手を入れる。
ひんやりとした、鉄の感触。
僕の家の鍵だ。


一週間前のあの日、自分の中の扉の鍵を開けたあの日。
これを使えば僕の鍵は開く。だが、周囲を行きかう人々の鍵を開けられるかどうかとなると、答えは否だろう。
これは僕の鍵であって、他人のではない。
鍵は、鍵穴ひとつひとつで違う。そうでなければ鍵の意味が無い。
朝の学校の廊下で、周囲を見渡していると(正確には周囲の人間についた鍵穴を見渡していると)、その中に見知った顔を見つけた。ツンだ。
ツンには鍵穴が無い。
おそらく、もう開いてしまったからだろう。
そして、一週間前のあの日から変わった事のうちの、最後のひとつがこのツンだ。僕は三日に一度ほど、深夜にツンと会っている。
ツンを眺めていると、ツンもこちらに気づいたのか、不機嫌そうに目を細めて舌打ちした。
「今夜会おう」
の合図・・・・・・、だったはずだ。
ツンは学校では今までどおりに接すると言っていた。
僕らが二人でやってきたことを考えると、僕らがここ数日で変わったことを周囲に知られるのは得策ではないそうだ。
「会う時は内藤に向けて舌打ちするから」
と言っていたはずだ。しかし、人前でこうまで面と向かって、不機嫌そうに舌打ちされると、なんだか心に寒々とした感覚が残る・・・・・・・・・。
それでもそのままツンを眺めていると物凄い形相で睨まれた。
・・・演技ですよね?ツンさん。
思わず敬語で尋ねてしまいそうだった・・・。




八時三十分。
HRが終わって授業が始まった。

「・・・・・・・・・・・・。」


最近、無言で何か考えてる事が多くなったな、そう思いつつあの日の夜のことを思い出す―――



「一人で三人も殺しちゃうなんて、やっぱり内藤も2ちゃんねらだったのね。」


死体からメスを引き抜くのを手伝ってくれつつ、ツンがそう言った。

「2ちゃんねら?なんだお、それ。」


死体の腹を裂きながら僕が答えを返す。
こうして腹を裂いて腸を露出させておいた方が腐食が早いのだ、とツンが笑いながら説明してくれた。

「何って、内藤も見たんでしょ、動画?」

「動画?」


あらかた、死体三つ分の腹を裂き終わって、最初に刺した男の喉に残ったままになっているメスの破片を抉り出す。
ゴムとゼラチンの中間のような感触が気持ち悪い。血だか油だかで、指を動かすたびにクチュクチュという音が立つので、さらに気持ち悪い。
今すぐやめてしまいたかったが、死体からメス等と言う医療器具が発見されれば、あっという間に捜査は僕の近辺まで及ぶだろう。
背に腹は変えられない。




「だから、ウイルスにPCのホームページ書き換えられたでしょ?あの時に見せられた動画よ。」


ツンの声に少し苛立ちが篭った。

「あの変な音とか絵がでてくるやつかお?」

「ああ、もういいわ。面倒だし、行くわよ。」

「いや、まず額の傷止血しないと・・・」

「あのね、そんな傷くらい、今のあんたなら放っといても直るの。」


額の傷を抑えてみれば、もう血が止まって、かさぶたどころか新しい皮膚ができている。

「な・・・・・・。」

「ほら、ぼーっとしてないでさっさと歩く歩く。」

「ちょっと待ってくれお、行くって一体何処へ―――」


僕がきょとんとしながらも、死体の喉から取り出したメスの破片をハンカチに包んでパーカーのポケットに入れる。

「内藤の家。」


きょとんとしている僕に、ツンが短く、ハッキリと言った。






「おじゃましまーっす。」


僕の家に着くなりツンはそう言って遠慮なく家の中を進んでいく。
何故僕の家に行くのかを聞いたところ、「こんな時間に私の家にあんたを連れてったら、家族から何言われるか分からないわよ」
と一蹴されてしまった。

「ちょ、ツン、そっち僕の部屋じゃないお。」


僕は父の部屋に入ろうとするツンを押しとどめて、僕の部屋へ案内する。
父の部屋には誰にも入って欲しくなかった。
できれば、ずっと今のこの状態のままにしておきたかった。
なんて、馬鹿馬鹿しい感傷。

「ふーん、結構いいパソコン使ってるじゃない。うわ、液晶画面。」


ツンは僕の部屋に入るなり、PCデスクの前にある椅子に座り、迷わずPCの電源をつけた。
ウィンドウズが起動するまでの間、椅子に座った彼女は講師か名探偵のような気取った態度で僕へと話しかけてくる。

「さて、内藤君は2ちゃんねるについてどこまで知っているのかな?」


冗談めかした口調で質問してくる彼女と、何時も学校でつんけんしている印象しかない彼女のギャップに、僕は戸惑ってしまう。
そうこうしているうちに、ツンは僕の返事を聞かずにさっさと話しを続けていく。




「なに?内藤君は何もしらない?でもネット初心者の内藤君には仕方の無い事です。内藤君のような原始人はネットを使いこなせずに情報化社会の波に乗り遅れてこの先も就職できずにニート街道を(ry」

「いや、ツン、はやくその2ちゃんねるってのの説明頼むお。ウイルスなんじゃないのかお?」

「やがて還暦をすぎてもニートの内藤君は、少子化から年金も貰えず、血を売って暮らすようになりますが、それだけではとても暮らしていきません。そしてついに内藤君は自分の臓器を―――」

「ちょwww妄想はもういいいおwwwww」

「最初は二つ以上あるものからです。腎臓、肺、それに皮膚等、それでも足りなくなるとついに内藤君は片方の目の角膜を―――」

「おまwwww戻って来いおwwwww」


僕がツンの目の前で右の掌をひらひらさせていると、ウインドウズが完全に起動した事に気づいたツンが妄想の世界から帰還。
インターネットエクスプローラーを起動してURLを打ち込む。
よほど打ち込みなれているのか、その指に迷いは見られない。

「何これ、全然開かないじゃない。回線何よ?」

「え?ケーブルだお。」

「は?光回線通ってないの?何時の時代の人間?」

「・・・・・・・・・・・・。」


目的のURLが開き終わるまで退屈だ、とばかりにツンが再び講釈をはじめる。




「よく超能力を持ってる人間なんかを、受信してるテレビのチャンネルの違いなんかで表すでしょ?」

「?、いや、よくわからないお。」

「現代伝奇物とか読まないの?ともかく、私達なんかが受信してる普通のチャンネルとは違って、超能力者とかは別のチャンネルも開いてるって感じの例えよ。」

「じゃあ僕等は―――」

「ええ、そういう事。結構物分りはいいみたいね。普通の人間に開いているチャンネルを1チャンネルだとすれば、私達に開いてるチャンネルは2チャンネル。それが2ちゃんねるの名前のもとになってると言われてるわ。」


すると、ツンの目的のページらしい掲示板がインターネットエクスプローラに表示された。

「なんだおこれ?VIP?」


掲示板の名前だろうか。
ページの一番上にでかでかと「VIP」
と書いてある。
僕が前に2ちゃんねるについて調べた掲示板と似ているが、それほど賑わっているようには見えない。
ツンがページを下にスクロールしていくと、急にメディアプレイヤーが開いた。
そこに映ったのは、2ちゃんねるに感染して見せられた、あの動画。

「な・・・・・・ッ!!!!」

「慌てなくて良いわよ。私達みたいに、もう”開いてる”人間が見てもなんとも無いわ。」




驚く僕を尻目に、ツンは「スレッド一覧」
と書かれた部分をクリック。
掲示板内のスレッドの一覧が出てくる。

「あった、初心者スレよ。」


そう呟くと、ツンはマウスを操作して、スレッドの一覧から「VIP初心者用スレ」
と書かれたスレッドをクリックする。

「ここは私や内藤みたいなのが集まる掲示板。っていうか、そういうの専用の掲示板よ。」


ツンはそう言って、スレッドを下へスクロールしていく。
やがて、一番上に「テンプレ」
と書かれた書き込みを見つけ、画面の上からそれを指差す。

「詳しくはここを読んで。」


僕は言われたとおりにその書き込みを読む。




【VIP初心者用テンプレ】
2ちゃんねらー専用掲示板、『VIP』へようこそ。
ここは2ちゃんねらー同士がお互いに情報を交換し合う場です。
とりあえず、初心者はまずこのテンプレを読んでください。

1.2ちゃんねるって?
貴方がここのトップで見せられた動画のURLと、あなたのIE、ネスケ等に設定されたホームのURLを書き換えるウイルスです。
製作者は不明。最近は、URLをブラクラやグロ、ウイルスの仕込まれた物に書き換える亜種の方が多く流れているようです。
動画のURLが鯖に消されても、しっかりと別の場所に動画をUPして、ウイルスの書き換えるURLに設定されているので、少なくとも一週間おきほどのペースで2ちゃんねるを流している人間(集団?)がいるようです。

2.2ちゃんねるに感染するとどうなるの?
てっとりばやく言うと、貴方は”変化”します。個人差があるようですが、肉体的にも精神的にも丈夫になります。早い話、死ににくくなります。やったな、オイ。
動画か、音源かはわかりませんが、あの動画は貴方の脳になんらかの作用を及ぼし、R領域(つーか、脳幹?)に変化をもたらすようです。
自分の脳みそ掻っ捌いて確認しようなんて奴は居ないので、あまり確かな論拠はありませんが、それがVIP内での通説になってます。
VIPでは「変化した脳のせいで肉体も少しずつ変異していく」
という説が定着しています。



3.2ちゃんねらーって何よ?
2ちゃんねるによって書き換えられた動画、またはここのトップページにあった動画で2チャンネルを”開かれた”人間の事を指します。
今ここでこのテンプレを読んでるおまえだよ、馬鹿。
とりあえず、普通の人間が見ている世界や感じている世界を1チャンネル、我々が今感じさせられている世界を2チャンネルと、暫定的に呼んでいます。

4. なんか人殺しについて話し合ってる連中居るんだけど、大丈夫なの?
大丈夫です。管理人氏によると、あの動画を見て”開かなかった”人間は、このページをもう二度と開こうとしなくなるそうです。
(*注・どうも、動画を見ても”開く”人間と”開かない”人間が居るようです。)
また。この掲示板も、管理人氏の自鯖の上にあるので、発言が削除されたり、掲示板が突然鯖管に消される等という事はありえません。
2ちゃんねらーになると、急に人が殺してみたくなったって人が多いみたいですが、あくまで自己責任で。

5.管理人氏って誰よ?
FO糞、じゃなかった、FOX★氏の事です。
このHPの管理人ですが、自分の悪口が書き込まれるとすぐに削除します。
詳しい事は分かりませんが、”2ちゃんねる”についても何か知っているようです。

6.名無しさんって奴、たくさん居るんだけ―――


「・・・・・・、こんなページがあったのかお。」


読みながら僕は思わず呟いていた。




「まあ、情報交換なんて言っても、殆どは雑談したりしてるだけだから、一種の趣味や暇つぶしみたいなものよ。」

「ふーん、そうかお。」

「普段からあまり掲示板とか利用しない人は、ただ他人の書き込みを見てるだけって感じらしいわね―――って、何やってんの?」


とあるスレッドを開いて、ヘッドホンを頭につけ、おもむろに携帯に番号を打ち込み始めた僕を見て、ツンが訝しげに質問してきた。

「このオールニート日本っての、面白いお。みんなでリアルタイムで参加できるラジオ番組みたいだお。」


僕の開いたスレッドのタイトル欄には「魔少年のオールニート日本」

ヘッドホンからはスレッドの書き込みや、かかってきた電話に対応する男の声が聞こえてくる。
男のHNは魔少年DT、と言うらしい。
僕は居てもたってもいられなくて、即電話をかけた。
一コールですぐに相手が出る。

「あ、魔少年さんかお。僕は、ガ・・・・・・ッ。」


携帯ごしに男に話しかけていた僕の鳩尾を、ツンの拳が容赦なく抉った。




「な・・・?な、な・・・・・・。」


衝撃で携帯を取り落とす僕。
落ちた衝撃で、変なボタンが入ったのか、通話が切れてしまう。

「人が真面目に説明してるのに、何やってんの?」


ツンが怒りを押し殺した声でそう言ってきた。
怖い。

「す、すまんかったお、ツン。」


正直に謝るが、ツンの表情はまだ険しいままだ。
スレッドを更新してみると、突如として切れた僕の電話に驚いた書き込みがいくつも寄せられていた。

「ちょwww何があったんだ?wwww」

「ガッって言ってたぞwwww何かに巻き込まれたんじゃね?www」

「通報しる、通報。」

「魔少年DT:いや、非通知だったから通報のしようが無い。」

「ネタだろ?」

「ネタだとしたら迫真の演技だったな。」


僕は彼等の会話を名残惜しそうに見ながらも、スレッドを閉じた。

「いい、内藤。あくまであんたがあんた自身の状況を把握するためにVIPを見せてるんだから、遊んでないでちゃんと―――」




そこで、モニターを覗き込んでいたツンが急に僕からマウスを奪って、一つのスレッドを開いた。
スレッドのタイトルは「馴れ合いはVIPから出て行け」

僕をPCデスクの前から押し退けると、物凄い勢いで文章をタイプしていく。
そして、書き込み。

「はいはい^^;また懐古ごっこの馴れ合いスレか^^;
 君たちは何時だってそうだ^^;ただ文句を言ってみたいだけで自分から何かやってみようとは思わない^^;
 そんなに今のVIPが嫌だというならさっさと出て行くなり新しい掲示板を作るなりすればいいんだ^^;
 不平を言うだけなら豚にでもできるよ^^;行動しなきゃ、人間なんだから^^;」


ツンのその書き込みを見て、僕は口から心臓を吐き出しそうなほど驚いた。
その書き込みに使われている顔文字、そして特徴的な口調は、僕が別の掲示板で遭遇した奴と全く同じものだった。

「・・・・ツン、その顔文字・・・。」

「ああ、これね。簡単に打てるし、なんとなく余裕も表現できるしで重用してんの。」

「・・・・・・・・・・・・。」


なんだか複雑な気分だった。
ここで文句の一つや二つでも言ってやりたいが、あの”ゆとり君”と呼ばれていた、どうやらネットでは「痛い人」
に分類されるのが、僕だったと知られるのはなんとなく恥ずかしかった。
結論、知らない振りをするしかない。


「まあ、最近はVIPだけじゃなくて、他の掲示板でも使ってるけどね。Vipperなんて、大抵どこかの掲示板と掛け持ちしてる奴ばっかりよ。」

「Vipper?」

「この掲示板、『VIP』の利用者よ。2ちゃんねらーの全員が全員VIPを利用してるってわけじゃないの。2ちゃんねらーになっても人も殺さずに今までどおりに暮らしてる奴もいるらしいし。」

「そうなのかお。」


そんなやり取りを続けるうちに、僕等は次第に当初の目的を忘れ、純粋にVIPで遊び始めた。

「コテ名乗るお。」

「やめときなさい。コテなんて自意識過剰の自己顕示欲の塊みたいな連中の仲間入りなんて。」

「ツン、何かコテに嫌な思い出でもあるのかお?」

「うるさいっ!」

「うわ、やめて!鳩尾はやめて!痛い!痛い!」


ツンとVIPに書き込みを続けているうちに、僕もだんだんとVIPで使われる不思議な言葉の意味を理解できるようになってきた。

「うはwwwテラワロスwwwwマジおもすれーwww」

「はいはい、覚えたばかりだからって、やたらと使いたがらないの。」





実際、VIPは面白かった。
べらぼうに面白かった。
利用者が特定の人間に限られるからだろう、利用者の数はそれほど多くは無いが、なんというか、個性的な連中ばかりでおもしろい。
下ネタばかりに走る奴、無茶苦茶口の悪い奴、理屈の通じない奴、本当に頭がおかしいとしか思えない奴、ともかくいろんな奴が居る。
書き込みにどんなレスがつくかも十人十色で、見ていて飽きない。

「スレ立てるお。『今、隣にクラスの同級生(女)がいるんだけど』」

「さてと、『>>1の幼馴染です。このたびは>>1がこんな糞スレを(ry』、と」

「ちょwwwwおまwwww」


僕がPCから書き込み、ツンが携帯から書き込む。
二人がかりで自作自演したり、からかいあったり、煽りあったり。
そんなやりとりが、ツンが「そろそろ寝なきゃ明日に響く」
と言って家に帰るまで続いた。
楽しかった。
本当に、楽しかった。
帰り際にツンが言った。




「私ね、内藤の事ずっと大嫌いだった。何時もヘラヘラしてて、人が一生懸命生きてるのに、2ちゃんねらーになった時も、真っ先に内藤を殺してやろうと思ってた。」

「ちょwwww」

「でもさ、そんな風に笑えるんじゃん、内藤も。」


ツンが笑った。
やはり、あの屋上で見せたような、柔らかく透明な笑い。
ただひたすらに純粋で、笑いたいから笑っているというだけの、シンプルな笑い方。
きっと、今の僕の顔もツンと同じような表情をつくっているのだろう。
背を向けて離れていくツンが振り返った。
僕は大きく手を振った。
一度手に入れたそれを、二度と失わないように。
必死に手を振ったのだった。






第六話・完

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