ブーンがシリアルキラーになったようです。  7.天涯比隣





俺が死んで楽園で生まれ変わったとき俺が殺した連中はみんな俺の奴隷になる

     ―――”ゾディアック”本名不明。
          未だに未解決の連続殺人犯「ゾディアック」が警察に届けた暗号文を解読したものの一節。



「出ろ」

牢獄の中の少女に声がかかった。
その空間の中に居るのは少女と、鉄格子を挟んで三人の男達。
声をかけてきたのは三人の男達の先頭に立つ、がっしりとした体躯の看守だ。
牢獄。そう、そこは紛れも無い牢獄だった。
鉄格子つきの、これまた鉄格子のはめられた窓がひとつしかない、薄暗くしめった部屋。
そして中に入っているのはどうみても小学生にしか見えない、長い黒髪の少女だ。
本来なら、そのような少女の入っている場所ではない。
この国において14歳未満の人間は少年法によって、刑務所どころか少年院等の矯正施設に入れることすらできない。
せいぜい家庭裁判所で審判され、保護処分がつく程度だ。
しかし、少女の収容されている独房はただの監獄ではないし、この少女が何者なのかを考えれば、少女一人に対する処置にしても大げさすぎるものではない。
ここは少女のような“種類“の人間を収容するために造られた施設なのだから。


「出ろといっている!!」

看守が苛立ちを含んだ声で再びそう言った。
いや、苛立ちなのではない。その顔に浮かんでいるのは恐怖だ。
大柄な体躯の大の大人が、自分の半分も生きていない幼い少女に完全に怯えていて、それを隠すかのように、自らを奮い立たせるかのように大声をあげたのだ。
だというのに、少女は看守へと視線を向けないどころか、眉一つ動かさない。
“強い”人間はただそこに居るだけで場の空気を支配する。
看守の目の前に居る少女は完全にこの場の支配者だった。

「うう・・・・・・・・・ううう・・・・・・。」

看守は精神的に追い詰められた者特有の表情で、引きつるように震え続ける唇の奥からうめき声を出した。
この施設ができてまだ半年とはいえ、数多くの凶悪犯達を相手にしてきた看守が、この少女の前では完全に恐怖に萎縮しきっている。
だが、それも仕方の無いことだろう。看守の目の前に居るのは、一日で百人近くの死者、重傷者を出した、この収容施設の中でも最大の危険人物とされている少女なのだ。
聞けば、世間的には保護観察処分が下されただけとなっているこの少女は、この収容施設に運ばれてくるときに、看守などの職員を七人も病院送りにしたと言う。
事実、少女がこの収容施設に入れられた日から、看守の同僚数人も欠席している。
さらに、あくまで噂だが、少女は警察に押さえつけられるまでに、カッターナイフ一本で警察官4名を殺害、3名に重症を負わせたらしい。
看守の視線にも視線と恐怖のような物が混じる。

―――なんだ、なんなんだこいつは!出ろと言っているのに、聞こえているのに何故何も反応しない!!

「ちゃんと返事はするように。いくら子供でもそれくらいの常識は知ってるだろう?」

その時、看守に救いの手が差し伸べられた。
看守の後ろに居た二人の男達、そのうちの一人が看守をかばうように声をだしたのだった。
看守にこの部屋まで案内されてきたのだろう、看守の後ろに立っていた、肩まで届く髪を持った黒髪黒瞳の男と、明るい茶に髪の毛を染めた癖毛の男の内、声を発したのは黒髪黒瞳の方だ。
鋭利な刃物を思わせる鋭い視線の持ち主で、どこか酷薄な印象がある。
看守がその男を見て安堵の表情を浮かべると、男はさらに言葉を続けた。

「出て来い、と言ってるんだ。」


男の硬い声が発せられた瞬間、空気が一変した。
これまでは完全に少女が支配していた空間に、無理やり男の威圧感が割り込んだ。
側に居た看守すらびくりとする程の威圧感。
只者ではない。
それに対して、牢獄の中の少女は初めて彼らに気づいたように、初めて彼らに興味を盛ったかのように視線をゆっくりと向けた。

「聞こえてるわよ。うるさいわね。」

少女が気だるげな、心底面倒そうな表情と声色でそういった。

「聞こえているのならさっさと出て来い。」

対して、男は短くきっぱりと、自分の要求だけを端的に伝える。

「はいはい、出ればいいんでしょ、出れば。」

そう言って、少女がゆっくりとした動作で立ち上がる。

「待て、手に握っているそいつを捨ててからにしてもらおうか。」

男がそう言うと、少女は軽く舌打ちして手に握っていた先端の尖った棒状の物体を放り投げた。金属が床にぶつかる音。棒状の物体が床を転がる。
それを見て看守は目を丸くした。
床を転がっていたその物体は、鉄格子の一部だったからだ。
窓をみれば、そこにはめ込まれた鉄格子のうち、一番隅にあった物の一部が切り取られている。
窓の鉄格子は、入り口の鉄格子と比べて細いが、人の手で折れるような物ではない。
看守の顔が目を見開いた状態から青ざめる。


―――どうやってあの高い窓の鉄格子を取ったんだ・・・!!!床から窓まで四メートルはあるぞ・・・・・・!!!

見れば、切り取られた鉄格子の先端は斜めに切られていて尖っている。

―――いや、それより、それよりこいつはこの鉄格子で何をするつもりだったんだ・・・・!!!

何も知らずに自分が先頭に立って少女を部屋から出そうとすると、少女が急に走りよってくる。そしてその手の中には先の尖った鉄の棒が―――
その様を想像して看守の体がぶるりと震えた。

「おまえはもういい。仕事に戻れ。」

看守の様子を見て、黒髪黒瞳の男が言った。看守は青ざめてガクガクと頭を縦に振り、その場から逃げるように離れていくが、男の後ろに立る茶髪の男は特に動じた様子は無い。
「にこにこ」と「へらへら」のちょうど中間のような笑いを顔に張り付かせながら突っ立っているだけだ。
このやりとり自体に興味が無いのかもしれない。

「で、こんな独房に閉じ込めといていまさら何の用があるわけ?」

少女が今までの気だるげな表情から一変して、相手を挑発するような、小ばかにするような皮肉げな表情を作る。
声は不機嫌だが、その表情はどこか楽しそうにも見える。

「14歳未満は犯罪を起こしても家庭裁判所で保護処分を言いつけられるだけ。私でも知ってるんだけど、なんで私はこんなところに閉じ込められてるわけ?」

少女のその質問に、男も皮肉げな表情を作って答える。

「14歳未満の“人間”はな。おまえみたいな化け物に、2ちゃんねらーに法律どおりの普通の処分なんて下せるか。」



男の返事を聞いて、ひっどーい、と少女はおかしそうに笑ってみせる。

「で、なんで今更になって外に出ろって?」
「仕事だ。お前に選択権は無い。ここから出してやる代わりに働け。」
「やだって言ったら?」
「おまえが一生この独房にこもり続けるだけだ。」
「・・・・・・・・・。」

少女が男を静かに睨む。幼いながら、その視線には並みの者なら一秒とて正面から受けていられないほどの殺意が篭っていた。
しかし、少女は男を数秒睨みつけると、観念したように再び口の端を吊り上げ、皮肉げな笑顔を作る。

「ま、ここから出してもらえるってんならそれくらいいいけどね。で、仕事って何すればいいの?自慢じゃないけど、私頭使うのは苦手よ。」
「おまえにできる事なんて一つしかないだろうが。」
「そうね、子供の私を働かせようってんだから、そこら辺の大人よりも私のほうが上手い事、つまり―――」

男は新底つまらなそうに、少女は顔全体で楽しさを表現するように屈託無く笑いながら言った。

『―――人殺しだ。』

男と少女の声が重なった。








「あ、雪だお。」

文芸部の部室目指して部室棟を歩いていると、廊下の窓から雪が見えた。
牡丹雪だ。積もらずにすぐに溶けてしまうだろう。
雪が降るのを眺めていると、犬ではないが庭を駆け回りたくなる。
そんな風に窓から学校の外を眺めていると、学校の裏手にある靴屋に「クリスマスセール」という暖簾が上がっているのが見えた。
靴とクリスマスとどんな関連性があるのかは分からないが、その靴屋を見ていて今日がクリスマスイブだという事に思い至った。
どうりで朝から町の空気が浮き足立っているように感じたのだ、と一人で納得していると、いつの間にか文芸部の部室にたどり着いていた。

「おいすー」

適当に挨拶をしながら部室に入る。
部長も軽く顔をあげて挨拶してくる。

「やあ、内藤君。」

部長は机の上で何かの作業に集中しているらしく、再び視線を机の上に落とした。
見れば、自分の左手の付け根にカッターナイフを押し当てている。
リストカットだ。
指で身長に脈を測って、手首を切ろうとしているらしい。
僕は少し呆れながらも、適当な本棚から本を探す。

「止めないんだね。」



背中に部長から声がかかったので、僕も返事を返す。

「やりたいならやればいいですお。ただ、脈探して静脈なんて切っても死ねませんお。」

部長の持っている本の傾向から、部長が自殺というものに対して興味を持っていることは知っていた。
前々から「完全自殺マニュアル」を読みながら僕に「どの死に方が一番苦しくないのかな」等、色々と質問してきていたし、いまさら驚く事はない。

「リストカットなんてするのはよっぽどのマゾが馬鹿だけですお。手首の動脈切るには、静脈切って腱切って、そこからさらにぶっとい神経を切らなきゃいけないんですお。」

呆れながらも適当に部長に声をかける。

「部長の力じゃ、動脈切るまでに何回もカッターナイフを動かさなきゃいけないと思いますお。
 痛さの割には全然死ねないんですお、リストカットは。」
「・・・・・・・・・、流石お医者さんだね。」
「医者志望、ですお。」
「・・・・・・・・・・・・。」

部長はそれっきり黙って手首からカッターナイフをどかすと、鞄から本を取り出す。
タイトルには「娑婆 我が生涯」。まだ読み終わっていなかったらしく、最後の方のページを開いていく。

「これ、誰が書いたかしってる?」
「知りませんお。」
「吹上佐太郎。大正時代の連続少女殺人鬼。」
「・・・・・・・・・・・・。」

また部長のそっち系の知識の薀蓄が始まった・・・・・・・・・。




「これはね、吹上佐太郎が独房の中で書いた本なんだよ。発売と同時に発禁にされたんだけどね。」
「はあ・・・・・・・・・。」

「彼はね、死刑執行前に、ご飯だけじゃなくて自分の墓の前に既に供えられていた葬式饅頭まで全部食べたそうだよ。」
「そうですかお・・・。」

僕の気のない適当な生返事は続く。

「彼はどんな気持ちだったんだろうね。自分の死のために供えられた饅頭を生きながら食べるってのは。死ぬのを知りながら、それでもご飯を食べるってのは。」

部長が遠い目をして言った。
僕は答えない。
それは別に、何か適切な返事が見つからなかったからではなく、
部長がこんな事を言い出すのは何時もの事だからだ。
やはり、部長は答えなど望んでいなかったのか、再び本に目を落とした。
僕はなんとなしに部室の窓から外を見る。
雪はもう、止んでいた。







部活が終わり、僕は自転車でまっすぐ家に帰ろうと、自転車置き場で自転車のチェーンを外す。
すると、ショボとギコがやってきた。

「やあ、内藤今から帰りかい?」
「今日おまえ暇?」

残念ながら、今日はツンと会う約束がある。
ツンと会うのは何時も夜中なので、問題は無いのだが、最近VIPに夢中な僕は、昨日の夜にVIPに立てたスレがどうなっているのか気になっていたので断った。

「ごめんだお。今日はちょっと用事があるんだお。」
「んだよ、つれねーな。内藤も今日はダメか。」
「仕方ない、僕も大人しくまっすぐ家に帰りますかね。一人でギコの歌を聴くのには耐えられそうに無い。」
「は?ショボ、前から思ってたけどおまえ、俺に喧嘩売ってるだろ?」
「とりあえず内藤、すぐに自転車持ってくるから待っててくれ。」
「は?無視かよ。」

ショボは学校の駐輪場を離れ、校門を出て行く。
しかし、二人は自転車通学ではなく、地下鉄で登校していたはずだ。
僕が素直に疑問を口にすると、

「ああ、地下鉄で登校してるからな、この駐輪場には自転車は無いな。」
「でも自転車を持ってくるって、どういう事だお?」
「ん?レンタルだよ、レンタル。」
「??????」


ギコの要領を得ない回答に僕が混乱していると、自転車を二台携えたショボが戻ってきた。
ギコは「レンタル」と言っていた、どこから借りてきたのだろうか。

「ギコ、内藤、なんとか二つ借りられたよ。」
「おーう。ところでショボ、またスピード上がった?」
「ああ、一台5秒あればいけるよ。」

ショボのその台詞で僕はピンと来た。
この高校から地下鉄の駅までは歩いてすぐ、目と鼻の先だ。
そして当然、地下鉄の駅の入り口周辺には路上駐車してある自転車がゴロゴロ。
さらに、ショボは屋上のダイヤル式の鍵を数字を一つ一つ試して開けてしまう程、指先が器用だし、根気もある。
そこから導き出される答えは一つ。
すなわち盗難自転車。

「・・・・・・・・・・・・。」

なんとなく良心がとがめたが、僕は黙っていた。
それから三人で自転車に乗った。
途中、ギコが道が分からないと言って、自転車を乗り捨てて近くの地下鉄の入り口へと入っていった。
ショボともその後別れた。
「レンタル」と言ったからには明日の朝に自転車で登校して、元の場所に返すものとばかり思っていたが、違ったらしい。
やはり良心がとがめたが、僕は黙っていた。
人を殺すのはOKで、盗難は駄目。
僕の良心はずいぶん都合の良い物になってしまったんだな。
そう思った。



家に帰った僕は、リビングでテレビをつける。
家には正真正銘、僕以外誰も居ない。
父は死んだし、母はもう何処に居るのやら・・・。
でも僕は悲しくない。
僕はもっと大切なものを手に入れたから。

「焼きたらこマヨうめえwwwwww」

お握りをかじりながらニュースを見る。
三つの小学校に爆弾を仕掛けて死者27名、重傷者78名を出した事件の犯人、10歳の少女のファンサイトのようなものがインターネット上に作られているとの事。
コメンテーターによると、「事件の加害者を可愛い等と言って崇拝したり、事件の状況を詳細に書いた小説等で被害者やその遺族の感情を逆なでしている」らしい。
まあ、あれからVIPに夢中になっていた僕にとっては、そんなニュース「何を今更」と言ったところなのだが・・・・・・。
確か、「加害者の顔写真」として晒されていた写真に映っていた少女の着ていたシャツに、
Alaskaというアルファベットと、アラスカの部分だけ塗りつぶされアメリカ50州の地図が描いてあった為、インターネットでは「ラスカ」と呼ばれている。
聞くところによれば、ラスカも2ちゃんねらーだとか。
「インターネットだから何をしてもいいと、被害者やその遺族の感情を逆なでするような事をするのは不謹慎ですね」と、コメンテーターが締めくくった。
不謹慎、と来たか。
どこの事件当初はどこの新聞も連続コラムやら特集記事を書いていたし、稼ぎ時とばかりに色々な自称”専門家”達が好き勝手言っていた。
ニュースやワイドショーでも特集を組んで、被害者や加害者の周囲の人間にインタビューしまくっていたのだが、
それは不謹慎では無いらしい。
何故自分たちだけに事件の事を根掘り葉掘り聞き出したり、状況を予測、整理したりして騒ぐ権利がある等と思えるのだろうか。
不思議な連中だ。
そのニュースが終ると、次も殺人関連のニュース。
殺人事件特集でもやっているのだろうか。


映ったのは、最近都内で起きている連続猟奇殺人事件。
被害者の死体から心臓だけを持ち去っていくという殺人鬼のニュースだ。
僕の脳裏にドクオの姿が浮かぶ。
被害者はあの頃から13人も増えて35人。
ここ最近はほぼ一日に一人の割合で殺している。
調子に乗りすぎだ。同じ街で生きる同業者(?)としては、目立たれて警察の捜査を厳しくされるのは迷惑以外の何物でもない。
なんとかしなければ・・・・・・。
そこまで考えた時、ドアのインターホンが鳴った。
ピンポーン、という音。

「内藤?」

ドア越しの声。
ツンだ。
鍵を開けてドアを開ける。
想像通り、そこにはツンの満面の笑顔。
それにつられて僕も笑い、ドアの鍵を開けた鍵をそのまま自分の胸に持って行き、もう一つの鍵をあける。
自分の胸に見えている鍵穴に、鍵を差込み捻る。カチャリ、という音。
周囲には、自分の胸の前で鍵をくるりと回したようにしか見えないのだが、僕の頭の中には確かに鍵を開けた感触と、音が響き渡る。
脳内に響いた音と共に、チャンネルが切り替わる。
瞬間、目に見える世界が開け、やけにクリアになる。



「じゃあ、いこっか。」

ツンが微笑みながら言う。

「ちょっと待つお。」

僕はツンにそう告げて自室へと戻り、包みを持ってくると、その包みをツンに差し出す。

「はい。」
「なに?」
「クリスマスプレゼントだお。」
「開けていい?」

僕が無言で頷くと、ツンは包みを破く。
中から出てきたのは一本のメスだ。刀身は、銀色に鈍く輝いている。

「これは?」
「僕が始めて人を殺したときのメスだお。」

ツンに持っていて欲しかったから、僕がそう言うと、ツンはさらに表情を嬉しそうなものへと変えた。
心なしか、ツンの頬に朱が差しているように見える。
なんだか僕も気恥ずかしくなって、さっさと表に出る。




「早く行くお。」

僕が先を歩き、ツンが後ろからついてくる。
人通りの少ない場所で獲物を探し回る。
しばらく歩いてると、ツンが僕を追い越して走り出す。

「ちょっとまってて。」

悪戯を思いついた子供のような笑顔でそういうので、大人しく待つ。
十分ほど待っていると、ツンが戻ってきた。
その手にはティッシュに包んだ何かが大事そうに握られている。

「はい、クリスマスプレゼント。」

言いつつ、ツンがゆっくりとティッシュの塊を開いて、中にあった球体を僕に見せる。
まず目に飛び込んだのが、鮮明な赤。
その中心に、ティッシュを朱に染めながら鎮座する眼球があった。
赤黒い血管や視神経が、眼球の裏側からぞろぞろと生えていて、その先にまだピンク色の肉や筋肉の欠片がこびりついていた。
ティッシュに染みこんだ血と、眼球の周囲にこびりついたままの血と油の混合物が納豆のように糸を引いている。

「綺麗だお。」




僕はツンからティッシュごと眼球を受け取ると、目の前に持ってきて覗き込む。
みずみずしく、つつくたびにぷるぷると震える眼球。
瞳の色は青。
外国人のものだろうか。

「できるだけ綺麗な色のを探してきたの。」

ツンがはにかむように言った。
それで僕はなんだか無性にうれしくなって、照れ隠しに「さっさと獲物探すお」と言った。
ツンが笑った。
少し顔が赤くなってしまったのかもしれな。
やがて、人通りの少ない道の、さらに裏道に入っていこうとするカップルを見つけた。
人の来ない薄暗いところで何をするつもりなのか。
僕が呆れながらそのカップルを見ていると、ツンが「丁度いいのが見つかったね」と言った。
ツンは僕がプレゼントしたばかりのメスを。
僕はフェルトの鞘に納まった懐かしのバタフライ・ナイフを右手に握り、その手を後ろ手に隠しながら獲物に近づいていく。
メスは細かい作業には向いているのに、相手に深く突き刺したい時には向いていない事に気づいたので、中古ショップで買った物だ。
一時期、ナイフを持ち歩く中高生が増えて、ワイドショー等で若者の持ち歩くナイフの典型として生贄として捧げられてしまった、バタフライ・ナイフ。
暫くの間はどこの金物屋やツールショップでも手に入らなくなっていたそれを見つけ、妙な懐かしさを覚えてつい買ってしまった。
閑話休題。
僕は踵から身長に足を地面につけ、体重移動させながら、音を立てないように二人に接近していく。
2ちゃんねらーになってからというもの、ツンの言う”別のチャンネル”が開いてしまったせいか、やけに体が動かしやすい。
思ったとおりの場所に思ったように体が動く。
自分の胸の鍵穴を空けるたびに、急に体が別の物になったかのように、何でもできるような気がしてくる。
都合よく、日常生活を送ったり、人を殺したりと、自分をコントロールするための単なる自己暗示のようなものだとは分かっているのだが、
鍵を開けたときに感じるあの解放感はたまらない。
今や、あれほど嫌いだった鍵を開ける音が、最高に耳障りのいいものに感じるようになった。
十分に接近すると、カップルの内の、女に覆いかぶさろうとしていた男の肩を叩く。
男がぎょっとして振り向く。


その時にはもう、僕はナイフを頭上高く掲げていて、ツンも後ろに続いている。
男の顔が驚きと恐怖にこわばる。
そう、その顔が見たかった。
だが、ナイフを振り下ろそうとしたところで、何か忘れているような気がして、その手を止める。
そう、何か忘れている。
今日は何か言わなければいけないような・・・。
男の方が、伺うように僕の顔を注視する。
そこで、やっと答えに思い至った僕は、笑顔をさらに深めて言った。

「メリークリスマス。」

ナイフを振り下ろした。
僕が男の方を殺して、ツンが女の方を殺した。
一緒に”狩り”をするようになってわかったが、ツンの殺し方は巧妙だ。
体の動かし方も僕等よりもよっぽど上手いし、殺した後も色々考えているようだ。
僕らは、一人一人殺すごとに、違った殺し方をする。
腹を裂いて腐敗を早くする時もあれば、集団に見せかけて殺す時も、単独犯に見せかけるときもある。
猟奇殺人にみせかけて体の一部を別の場所に捨てる事もあるし、強盗目的にみせかけて金目のものを奪うときもある。
今日は強盗目的に見せかけるため、金目のものを漁り、さらに集団の犯行に見せかけるために、色々な凶器を使って死体を痛めつける。
僕がナイフで袈裟切りにバッサリやってやった男も、後からそこら辺に落ちていたコンクリのブロックで殴ったり、メスで丁寧に、綺麗な傷を作ってやったりした。
ともかく色々なことをしておけば、調べる側がどんな風に深読みしてくれるかわからないので、こうやって色々な可能性をばら撒いておけばいいのだとツンは言う。
聞けば、ツンは2ちゃんねらーになってからもう五ヶ月経つのだと言う。
まだ2ちゃんねらーになって一ヶ月も経ってない僕とでは経験が違うのだろう。


やがて、作業を終えると、僕らは路地裏から外に出る。
僕はバタフライナイフを折りたたんで、腰のベルトにさげてあるフェルトの鞘に戻す。
続いて、作業に使ったメスもしまおうとして、そのメスを眺めているツンの視線に気がついた。
続いて、ツンは自分の右手に握られたメスを見る。

「おそろいだね。」

ツンが笑いながら、メスをしまった。
僕らは微笑みながら人通りの少ない道を選んで深夜の町を歩いた。

「内藤、見て。」

ツンが立ち止まって空を見上げる。
僕もつられて顔を上げると、天から僕らに降り注ぐ物があった。
雪だ。

「ホワイトクリスマスかお。」

見た感じ、粉雪のようだ。
少し、積もる事になるかもしれない。
僕らは再び歩き出した。
雪が降るだけ合って、流石に寒い。
ツンの手がぶるりと震えるのが見えた。
僕らの手は、自然とつながれていた。





第七話・完



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