('A`)は野球選手のようです 6-2 .シーズン終盤



もう9月だというのに、蝉がうるさかった。
俺は、大声を上げて驚いた。
2人は俺が伊藤さんに振られたとでも思ったのだろう。
ニヤニヤしながら近寄ってきた。


(;^ω^)

(;K‘ー`)


メール画面を見て、2人も固まった。
投打の軸が、完全に墜ちた瞬間だった。


次の日の朝、スポーツ紙は諸本さん一色だった。
VIPスポーツ、ニュー速スポーツ、スポーツチャンネル、デイリースポーツ……
書かれている文章や掲載された写真に僅かな差はあれど、大意はどれも同じだ。
『諸本さんが引退する』それを否定している新聞は、ない。


('A`)「……」

( ^ω^)「……」

(K‘ー`)「……」

( ´∀`)「皆さん、お揃いですか?」


今日は試合がない。
いつもならちょっとした練習をするのだが、今日は違う。
緊急ミーティングが組まれていた。


( ´∀`)「もうご存じでしょうが、諸本が引退を表明しました」

( ・∀・)(……)


古くからの友人、茂等さんは腕を組み、目を閉じて座っている。
何か思うことがあるのかもしれない。


( ФωФ)「……諸本さんは、まだ複数年契約が残っていたはずですが」


ニュー速の最強セットアッパー・杉浦さんが質問をする。
確かに諸本さんは5年の長期契約をしていたはずだ。


( ´∀`)「……ええ、確かに。それも、引退の原因の一端になったようです」

( ФωФ)「……と、言うと」

( ´∀`)「戦えない人間が金を貰うわけにはいかない、と」

( ФωФ)「……そうですか」

('A`)「……」


戦えない人間。
確かに諸本さんは二軍でもインコース責めにあい、打率1割に沈んでいたらしい。
成績だけ見れば、解雇されてもおかしくない。


しかし。
しかし、『諸本信彦』という名前にはみんなをまともあげる力があった。
今4番に座っている宝さんも、諸本さんがいるからある意味安心してスイングできた。


( ´∀`)「それに、今この時期に諸本が引退表明した理由」

( ・∀・)「……」

( ´∀`)「わかりますか?」


( ・∀・)「……カンフル剤、ですか」

( ´∀`)「ええ。今私たちは決して調子がいいとは言えません」

( ^ω^)「……」

( ´∀`)「今頃独走していてもおかしくない成績を前半残しながら失速」

('A`)「……」

( ´∀`)「諸本は、こんな状況に何か一石を投じたかったんだと思います」

( ФωФ)「……」

( ´∀`)「……もちろん、チームの失速は私たちコーチ陣の責任です」

(-_-)「……」

( ´∀`)「今日は調整日に充てます。

      各自ここからをどうやって戦うかを考えてください。では、解散」


( ^ω^)「……」

('A`)「……どうする」

( ^ω^)「うーん……」


動きあぐねた。
チームメイトたちは三々五々思い思いに散らばった。
練習をする者、久々の休日に羽を伸ばそうとする者。
大別して2種類に分けられる。


('A`)「どうすんべか……」

( ^ω^)「うーん……」


しかし俺達はどちらにも属さなかった。
練習をする気にはなんとなくなれないし、かといって部屋でゴロゴロするのも性に合わない。


( ・∀・)


ふと見ると茂等さんがさっきと同じ体勢のまま座っている。
思わず話しかける。


('A`)「茂等さん……大丈夫っすか?」

( ・∀・)「……お前に心配されるほど重傷じゃねえさ」

( ^ω^)「……」

( ・∀・)「ふぅー……」


大きいため息をついてパイプ椅子の背もたれにめたれる茂等さん。
椅子がキシキシときしむ。


( ・∀・)「……俺ぐらいの歳になるとな」

('A`)「……」

( ・∀・)「同級生なんぞほとんどいなくなる」


( ・∀・)「やっぱりな、しんどいもんだよ。同級生が引退すんのは」

('A`)「茂等さん……」


口調に少し茂等さんらしい覇気がない。
やはり親友が辞めるのは堪えるのだろうか。


( ・∀・)「あいつぐらいの選手になるとな、引退の時期は自分で決めるんだ」

('A`)「……」

( ・∀・)「毒田、体の衰えを感じたことはあるか?」


('A`)「いえ……」


自分はまだ25歳だ。
体の衰えを感じたことはない。
しかしいつか感じることにはなるのだろう。


( ・∀・)「……引退の時期は、自分で決める」

('A`)「……」

( ^ω^)「……」

( ・∀・)「俺も、例外じゃない」


それは、まるで茂等さんが茂等さんに言い聞かせているようだった。


( ・∀・)「さて、俺は行くぜ」


そう言って茂等さんは椅子から立ち上がる。
パイプ椅子は相変わらずキイ、と軋んだ。
思わず茂等さんに尋ねる。


('A`)「ど、どこにですか?」

( ・∀・)「……諸本の家だ。二軍も試合や練習はないから多分家にいるだろう」

(;^ω^)「茂等さん、それは……」

( ・∀・)「何でも自分の五感で確かめないと気が済まないタチでな」

('A`)「……俺も行きます」

(;^ω^)「ドクオ……! ……僕も行きますお」


( ・∀・)「そうか」


茂等さんは俺たちがついていくことを了承した。
別に茂等さんとしてはどちらでも良かったのだろう。


( ・∀・)「じゃ、行くか」


そうして俺たちは茂等さんの車に揺られ諸本さんの家に向かった。
このとき俺は三冠王の家はどんなだろう、と場にそぐわない思考をしていた。


( ・∀・)「……」

( ^ω^)「……」

('A`)「……」


諸本さんの家に向かう車内は無言だった。
各々考えることがあるのかもしれない。
俺はさっき茂等さんに言われた引退の時期について考えた。


('A`)「……」


頬杖をつきながら右手をぐ、ぱ、ぐ、ぱさせる。
何でもないことだ。頭で指令を出せばなんの問題もなく右手は動く。
しかし、年をとれば頭から右手への距離がだんだん長くなるのだろう。
それによって生じるコンマ1秒の差は、プロにとって致命的だ。


( ・∀・)「……ついたぞ」


そう言って車は緩やかに停車する。
降りた先にあるのは豪邸とはいかないまでも、立派な一軒家だった。


( ・∀・)「……」


茂等さんが呼び鈴を押す。
インターホンに出てきた奥さんらしき人と会話を交わす。
その内、パタパタという足音と共にドアが開かれた。


ζ(゚ー゚*ζ「いらっしゃい、茂等さん、内藤さん、毒田さん。どうぞ上がってください」


('A`)(きれいな人だな……)


諸本さんの奥さんの第一印象はそれだった。
ぱっちりとした目、ゆるやかにかけられたパーマ、こざっぱりとして洗練された衣服。
諸本さんと歳が近いから30は越えているはずだが、それをまったく感じさせない人だ。


( ・∀・)「お邪魔します」

( ^ω^)「お邪魔しますお」

('A`)「お邪魔します」


そう言って玄関に上がらせてもらう。
しかし玄関に諸本さんの姿は無かった。


ζ(゚ー゚*ζ「今お茶淹れますから……ソファにでも座っててください」

( ・∀・)「お構いなく」

ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。……茂等くん以外ははじめましてね」

( ^ω^)「内藤ですお。ヴィッパーズでピッチャーしてますお」

('A`)「毒田です。ヴィッパーズでセカンドしてます」

ζ(゚ー゚*ζ「知ってますよ。活躍、見させてもらってます。

      諸本の妻の怜です。よろしくね」


ふと、壁にかかったユニフォームを見る。
ニュー速のユニだ。背番号は諸本さんの3。
しかし縫い付けられている名前が違った。
『NOBUHIKO』『REI』『HERICAL』


('A`)(諸本さんと、奥さん……もう一人は、子供さんかな)


背番号3をつけた3着のユニは仲良く壁に吊ってあった。


ζ(゚ー゚*ζ「ごめんなさいね。今あの人、ランニングに出ちゃってるのよ」

( ・∀・)「そうなんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「もう引退決めたんだからゆっくりすればいいのにねえ」

('A`)「……」


茂等さんと怜さんは2人で話している。
内藤は立ち上がって飾ってあるトロフィーをまじまじと見つめている。


('A`)「……」


ふと、隣のドアから子供が覗いているのが見えた。
恐らく諸本さんの子供だろう。


('A`)「『HERICAL』……ヘリカルか」

*(‘‘)*「……」


*(‘‘)*「……おじさん知ってる! どくおとこだ!」

(゚A゚)


いささかびっくりする。
最近はネット上に留まらずファンの応援ボードにまで『独男』が浸透している。
しかしこんな小さな子供でさえも……?


(゚A゚)「まず、1から突っ込もう。俺はおじさんじゃない」

*(‘‘)*「20すぎればみんなおっさんだ!」

(゚A゚)「ヘリカルちゃんは今いくつだ?」

*(‘‘)*「いつつ!」

(゚A゚)「あと15年経てば君はおばさんだぞ?」

*(‘‘)*「そんなわけねーわ、どくおとこ!」


(゚A゚)「そしてふたつめ。俺は独男じゃない」


そうだ。おじさんはともかく、否定しておきたいのはそこだ。
確かに今は彼女らしき彼女はいない。
しかし友達以上恋人未満の関係なら……!


*(‘‘)*「うっそだー! そのかおで、かのじょいるわけねーじゃん!」


('A`)


ζ(゚ー゚#ζ「コラ、ヘリカル! 謝りなさい!」

*(‘‘)*「だってホントのことじゃん!」

( ^ω^)「三冠王のトロフィーってこんなに立派なんだ……」

( ・∀・)「俺も最初見たときは焦ったわ」

(´・ω・`)「おーい」


('A`)ホンワカパッパー ホンワカパッパー ドーラエモンー


ζ(゚ー゚#ζ「ほら、毒田さんがドラえもんが未来に帰ったときののび太みたいになってる!」

*(‘‘)*「ヘリは、ほんとのこといっただけだもん!」

( ^ω^)「打撃3部門でも微妙にデザインが違うんですね」

( ・∀・)「凝ってるよな」

(´・ω・`)「おーい、帰ったぞ。おーい」


('A`)キーソウテンガイ シシャゴニュウ- テーガイクーソク ラクガキムーヨウー

ζ(゚ー゚#ζ「謝りなさい!」

*(‘‘)*「すまんな、どくおとこ!

     まあかつやくすれば、かねにつられて、おんなもくる!」

ζ(゚ー゚#ζ「ヘリカル!」

(´・ω・`)「おーい」

( ^ω^)「MVPのトロフィーでかすぎワロタ」

( ・∀・)「これこそ鈍器のようなものだな」

(´・ω・`)「ねえ、俺を中心としたシリアス展開じゃないの?」


('A`)イイデスヨ、イイデスヨハハハ


なんとか事態が収束した時。


(´;ω;`)


部屋の隅で泣いている三冠王がいた。


('A`)「なんで泣いてるんすか」

(´;ω;`)「おまえ等のせいだよ! ランニングから帰ってきたらなんか騒がしいし!

      だいたい怜と毒田はいいとしてなんで茂等と内藤まで俺をガン無視だ!

      ふざけてたらチョークかけるぞばか!」


そうして紆余曲折あったあと。
怜さんがお茶を淹れ直してくれ、真剣な話し合いが始まった。


(´・ω・`)「……さて。俺をからかうためだけに来たんじゃないだろ?」

( ・∀・)「ああ、俺たちもそこまで暇じゃないしな」


シャワーを浴びた諸本さんがソファにどっかりと座る。
つけっぱなしになっていたテレビを消す。
下品な笑い声からこの部屋は完全に隔絶された。


( ・∀・)「……本当に、引退するのか」


ゴクリ、と唾を飲み込む。
見ると内藤も同じな顔をしている。


(´・ω・`)「……するよ」


返ってきた答えは、やはりというか予想されたものだった。


('A`)「……」

(´・ω・`)「俺が持ってる情報は、スポーツ紙に書いてあるものと大して違わないさ」

( ^ω^)「……」

(´・ω・`)「結局俺のイップスは直らなかった」


イップス。
諸本さんの場合インコースに目を瞑ってしまうことだ。
体のケガならともかく、精神の揺らぎは一朝一夕で直るものではない。
まして諸本は36歳。普通に過ごしていても衰えが見える時期だ。


(´・ω・`)「……正直さ、妬ましかったよ。画面の向こうで活躍するお前等が」

('A`)「……」

(´・ω・`)「誰もいない二軍のスタジアムで真っ黒に日焼けしてドロドロになって白球追いかけて。

     俺何してるんだ、って何回も思った」

( ^ω^)「……」

( ・∀・)「……」


内藤と茂等さんは何も言わずに諸本さんの次の言葉を待つ。


(´・ω・`)「今までは、一軍に戻って4番に返り咲くため、って自分に理由付けができた。

     自分がいなけりゃヴィッパーズは機能しないとまで考えた」

('A`)「……」

(´・ω・`)「実際は違った」


そう。
主砲を欠いた状態であってもヴィッパーズは新4番の宝さんの活躍もあり現在首位。
言い方は悪いが、諸本がいなくてもなんとかチームは回っているのである。


(´・ω・`)「絶望したよ。俺がいないヴィッパーズなんて負ければいい、とまで思った」

( ・∀・)(……)

(´・ω・`)「そんなことを一瞬でも考えた自分にさらに絶望したよ」


(´・ω・`)「その時引退を決意したよ。勝つ気が無い奴はプロの資格なしさ」

( ^ω^)「……」

('A`)「……」


内藤も、俺も、何を言えばいいのかわからなかった。


(´・ω・`)「自分に絶望したのはもう一つあるんだ。

     毒田、そのヘリカルの絵を剥がしてみてくれないか」

('A`)「え? はあ」


そう言われ、壁に何枚も貼られているヘリカルちゃんの絵を剥がす。
そして、俺は息をのんだ。


('A`)「ーーっ!」


絵の後ろの壁には、見るも無残な穴が開いていた。


(´・ω・`)「まるで中2の男子みたいだよな。俺が開けたんだ。それ」

('A`)「……」


意外だった。
温厚な諸本さんが、こんな激情に任せた行いをするとは信じがたかった。
あの茂等さんでさえ、驚いた顔をしている。


(´・ω・`)「家で悩んで悩んで。

     ヘリカルに『もうお父さんテレビに出ないの?』って聞かれて切れちまった。

     バットでさ、何回も何回も壁を殴った。

     壁に穴を開けたことより、子どもの前でみっともない姿見せちまったのと、

     バットをそんなことに使った自分が衝撃的だったよ」


見ると、ヘリカルちゃんは父である諸本さんを遠巻きに見つめている。
諸本さんのこと、すぐに謝ったのだろう。
しかし、幼いヘリカルちゃんの脳裏に諸本さんの行動は刻み込まれたに違いない。


(´・ω・`)「怜はすぐに俺が開けた穴にヘリカルの絵を貼ってくれた。

     それを見て、自分のちっぽけさに泣いたさ。

     ヘリカルにも必死で謝った。当然まだ許してくれないけどな」


壁には10枚ほどの絵が貼られている。
ということはあの絵たちすべての後ろに穴が隠されているのか。
絵には、諸本さんが笑顔でバットを振る姿がクレヨンで描かれていた。


( ・∀・)「……そうか」

(´・ω・`)「……ああ、俺は一抜けだ。そんなものが積もり積もってな。

     引退宣言したら多少楽になったよ。寂しいけどな」


そう言って諸本さんは微かに笑った。


('A`)「……」


帰りの車の中、頭にこびりつくのは諸本さんの家族だった。


ζ(゚ー゚*ζ「私は、この人の決断だったら、どこまでもついていくわ」

*(‘‘)*「……またこいよ、どくおとこ!」


ヘリカルちゃんはまだ諸本さんを許したわけではないらしい。
諸本さんが帰ってきてからはずっと怜さんにしがみついていた。
しかし諸本さんが真摯な態度で謝り続ければ、許してくれるのも時間の問題だろう。


('A`)「……」


俺は信号待ちの車内から見える野球帽をかぶった少年たちを見て呟いた。

('A`)「諸本さんの、最後の花道……飾りましょうね」

( ^ω^)「……お」

( ・∀・)「俺は……自分のために優勝するさ」

信号が青になる。
茂等さんがアクセルを踏む。
車は、勢いよく走り出した。


それからヴィッパーズは諸本さんの引退宣言を期に巻き返す。
負け越していた8月を忘れさせるように勝ち続けた。
9月は大幅に勝ち越した。しかし2位のレールウェイズも負けてはいない。
それどころか、ヴィッパーズの勢いを上回り、ゲーム差を1に縮めたのだ。


( ><)『スポーツニュースの時間です。解説に鳥谷さんを迎えてお送りします』

( ゚∋゚)『140試合中138試合が終了しました。首位はヴィッパーズ』

( ><)『82勝54敗2分です。2位のレールウェイズは81勝55敗2分。大接戦です』

( ゚∋゚)『明日はヴィッパーズ対レールウェイズの直接対決ですからね。

     好ゲームを期待したいですね』

( ><)『はい、ヴィッパーズが勝って優勝を決めるか、

      レールウェイズが勝って優勝に望みをつなぐか!

      プレーボールは明日午後6時、ニュー速スタジアムです!』


('A`)「……」


部屋で丹念にグラブを磨く者。


( ^ω^)「僕が……明日の先発……」


不振を、克服せんとする者。


( ゚∀゚)「……」


自らのバッティングを、鏡で省みるもの。


(´・ω・`)「……がんばれ」


戦友に、エールを送る者。


全ての思いは、明日――午後6時に収束する。



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