【第17話:気まぐれ】





        *         *         *

『何、不自由の無い生活だった』


大きく揺らされる体に目を開けると、時刻は既に普段の起床時間を過ぎていた。
目覚まし時計は夢現のまま止めてしまったらしい。

( ゚∀゚)「ん・・・・・もっと早く起こしてくれよ!!」

(;゚∀゚)「あ、痛、なぐるな!殴るな!
     ごめん、起きるの遅かった俺が悪かったから!」

母親と妹の同時コンボ展開。
次々と繰り出される殴打にジョルジュは頭を下げる他なかった。


( ゚∀゚)「あー眠いのに・・・・・・遅刻くらいいいじゃないか・・・・・・」

そこでにフィニッシュブローである。

ベッドから転がるように落ちるたものの、華麗に着地。
二人に迫られる惨状から、ジョルジュは見事に逃げ出した。


『家族の無償の愛が温かかった』


( ゚∀゚)「高校生になっても、家族に起こされて恥ずかしくないのかって?
      余計なお世話だ、俺は目覚ましじゃ起きれない体質なんだよ!」

刺々しい言葉を吐きながらも、その右手には手渡された茶碗が握られている。
遅刻の危険性がどんなにあろうとも、ジョルジュが朝食を欠かすことは無かった。

また、その朝食は確実に和食であると決められている。
白米を食わない事には一日の力が出ないと、彼は妄信していた。


( ゚∀゚)「大体お前ら、人の事言えるのか?
     この家でまともに起きられるの親父くらいじゃねぇか!」

母と妹は、まるで知らんぷりだった。

この家の朝の流れは決まっている。
父が母を起こし、母が娘を起こし、母と娘がジョルジュを起こす。
その中で父だけは悠々と食事を摂り、時間に余裕を持って出社していた。


『永遠に続くと思っていた』


( ゚∀゚)「なぁ、学校の帰りに本買っといてくんねぇ?
     そうそう、あのテレビでやってたやつだよ」

( ゚∀゚)「俺の学校の近く本屋無いからさ・・・・・・。
      お、買ってきてくれんの?マジサンキュー!!」

代金は多めに請求されていた。
渋々渡したものの、我が妹ながら抜け目がないとジョルジュは感心していた。

そんな時、家のインターフォンが鳴り響く。


( ゚∀゚)「あーもう来たのか・・・・・・毎朝毎朝ご苦労なことで」

言葉とは矛盾して、彼の顔は若干にやついていた。
恋愛感情はないものの、幼馴染が毎朝迎えにくるということに、勝ち組の感情を抱いているのだろう。

( ゚∀゚)「んじゃ、いてきま」

別れの挨拶を適当に済ませ、ジョルジュは家を飛び出した。



『望んで手にいれるものではなく、そこにあって当たり前のものだと思っていたから』


ξ゚听)ξ「おはよう、ていうか出てくるの遅い」

( ゚∀゚)「今、超速攻で出てきたつもりなんだけど」

ξ゚听)ξ「私が来ることを察して、玄関で待つくらいの優しさを持ってなさいよ」

( ゚∀゚)「それは優しさって言うより、奴隷根性・・・・・・」

口の悪ささえなければ良い女なのに、とジョルジュは常に思っていた。
可愛さ余って憎さ百倍を、これ程までに表している女性はいないだろうと、確信もしている。

もっとも、彼にとってツンはあくまで幼馴染なのでどうでもいい。
美人だろうと性格が良かろうと、彼女を恋愛対象として見る事は無いからだ。
理由は本人すら説明できない。ただ、ジョルジュにとってツンは『幼馴染』、それ以上でも以下でも無いのだ。


( ゚∀゚)「ほれ、さっさと行かないと遅刻するだろ」

ξ゚听)ξ「誰のせいでギリギリだと思ってんのよ・・・・・・」

ハハと笑ってジョルジュは誤魔化した。軽くどつかれた。



『恵まれた環境に置かれ、他愛の無い会話を出来る程度の仲間も出来た』


( ゚∀゚)「おいーす!おはよーっす!」

教室に入ると、周囲から多くの声が寄せられる。
ジョルジュは律儀にも、その一つ一つに返事を返していた。人気者の秘訣である。


(;゚∀゚)「げっ、宿題忘れた・・・・・・」

ξ゚听)ξ「そう言うと思ったわよ」

ツンは丸っこい文字で『古典』と書かれたノートをの机に投げ捨てた。
ジョルジュがそれの中身を確認すると、完全に宿題が終えられていたのである。


( ゚∀゚)「貸してくれるのか・・・・・・?」

ξ゚听)ξ「アンタが成績が落ちると、私がアンタの母親に泣きつかれるのよ・・・・・・」

ほとほと、うんざりといった表情である。
どうやら、それが真実であるというのは間違いないようだ。



『そう、俺は間違いなく幸せだった』


ジョルジュの日常は細かい事さえ除けば、ほぼこの繰り返しだった。

何ら変哲の無い、どこにでもいる普通の男子高校生の日常。
そこに異常などはまるで見当たらない。
ただただ、平々凡々な毎日の繰り返しである。

かと言って、この日常に何かしらの不満があった訳ではない。

彼はこの生活をいたく気に入っていた。
非凡を求める者も多い、だが、彼は普通こそが良であることに気付いていた。
既に、彼は自分自身が『特別』を得るような人間ではないと結論付けていた。

神様に嫌われてもいないし、好かれてもいない。
だから、神様なんて『100円玉を拾ったら感謝する』それぐらいにしか考えていない存在だった。





『妹が事故に遭った
 この知らせを聞く日までは、それに気付いていなかっただけなんだ』






彼の人生を大きく変えることになる、この日までは。





(  ∀ )「はは・・・・・・嘘、だろ?」

目を開かない妹の前で、ジョルジュは膝を落とした。
隣では母が嗚咽を漏らしながら泣き崩れている。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔だった。

父はその背中を抱えるようにしていた。涙は流していない。
しかし、自分だけは自我を保っていないといけない、という強い気持ちが故だった。


(  ∀ )「こんな事って・・・・・・今日の朝まであんなに元気だったのにかよ・・・・・・」

真っ白な病室に落とされた言葉は、誰に届く訳でもなく消えていく。

妹の体に、外見からは何の変化も見られない。
ただ自動車に激突したショック、それが今の現状を引き起こしている。
だからこそ諦めもつかず、現実を疑う事しかジョルジュには出来なかった。

握った拳に込められた力は、自らを痛みつける程だった。


事故の起きた現場について、父が話を聞いていた。
その時、不意に説明をしている男が病室の机を指差した。


( ゚∀゚)(何だ・・・・・?)

疑問に思うと、その机は至って普通の物。
つまり、男は机の上に置いてある一つの袋を指差したのだ。
茶色い紙袋、中には雑誌が入っていると僅かに距離はあるが分かる。

妹に関係のある事かとジョルジュはその袋に手に取った。
幸い、父と先ほどの男は見ていない。絶好のチャンスだった。

袋を丁寧に開けて、中に手を入れる。不意に嫌な予感が過ぎった。
だが、それ故に焦り、その雑誌を袋から取り出した。


―――全身に悪寒が走った。


手に取った本を一見し、次の瞬間には手の内から零していた。


この本がこの場所にある理由が分からなかった。
いや、ジョルジュはそれを理解したくなかったのだ。

だが、実際には彼の有為な頭は瞬間的に理解していた。
今、この状況を作り出していた元凶となったものはこの本だと。

世界の色が失せていく。
灰色、彩りを感じない白黒な世界。
音すらも次第に消えていき、五月蝿く響くのは自らの鼓動のみである。

床に落ちた本の音すら聞こえない。
それでも、表紙に印刷した文字を否定することは出来なかった。


―――俺が今朝、頼んだ本じゃないか。


紛れも無く、それに他ならない。
ジョルジュが何と無しに買ってこいと頼んだ本だった。


もちろん、それがここにあるからといってジョルジュに非があるとは限らない。
本を買ったことで事故にあった等という明確な証拠にはならないのだから。

それでも、ジョルジュは酷い後悔の念に見舞われる。
自分のやった行いが無ければという妄想が彼の心を暗くさせていく。


『もし、本を頼まなかったならば、
 妹は真っ直ぐに家に帰ることになり、
 交通事故に遭うよう事にはならなかったのではないか』


そんな想像に囚われたのだ。
普段なら絶対にしないような、ネガティブな思想。
しかし、今の彼の心境は、そういった悪い方向へ容易に導くほど沈んでいる。

そして、一度そう思うと、なかなか拭う事は出来ない。
もがけばもがくほど、知恵の輪のように絡まっていく。

もう、自己嫌悪の闇から逃れる事は出来ない。


(  ∀ )「俺が頼まなければ、事故には遭わなかった。
      俺が、俺が・・・・・・・」

彼を非難するものなど、いない。
いる訳がない、今の時点で、彼は何も悪くないのだから。

自らを追い詰めているのは彼自身で、許す事が出来るのも彼自身なのである。
当然の様に、この悲愴から逃れる事は出来ない。

泣き崩れるジョルジュは、母の嗚咽と混じっていく。
各々の理由は違えども、それを理解するものなどいない。
他者からすれば、ジョルジュが陥っている深い嘆きなど知る由もないのだ。

今は、自らの足で立ち上がるしかない。
だが、彼の心はそれを成すには、あまりにも未熟すぎて。





平和な日常とは、何の予兆も無く唐突に崩れていく。

『100円を拾ったら感謝する』

ジョルジュが神にそういった軽い感情を抱くように、
神もまた気まぐれに、軽々しい思いで不幸を呼び寄せるのだから。










【第17話:おしまい】

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