【第18話:其の瞳】






地面には数人の男が、惨たらしい姿で転がっている。
口からは血を吐き、服は擦り切れ、歯が数本欠けている者までいる。
そんな中、一人の男だけは無傷の状態でその場に佇んでいた。

( ゚∀゚)「・・・・・・イライラさせんじゃねぇよ、屑が」

転がった人間の頭を踏みつける。
コンクリートに思い切り打ち付けられ、転がっていた男の頭が鈍い音を響かせた。


( ゚∀゚)(ストレス解消にすら、なりやしねぇ・・・・・・)

数人掛かりで襲われたにも関わらず、ジョルジュはものともしなかった。
それどころか返り討ちにし、痛めつけるという所業まで行っている。
もっとも、これが初めてという訳ではない。

何度か、いや何度もジョルジュは対複数の喧嘩に勝利している。
それ故に、ここらの不良の間では度胸試しの意を込めて彼に挑戦するものも少なくなかった。


ジョルジュの妹が事故に遭ってから、約一年の時が過ぎる。
しかし、あの頃の温厚な彼の姿を見る事は出来なかった。

夜の街を行く当てもなく出歩き、喧嘩に明け暮れる。
こちら側から喧嘩を売るような真似はしなかったが、さして意味の有る事ではない。
不快に思わせるような態度、いかにもな雰囲気を纏えば、絡まれる事は眼に見えていることだからだ。


(  ∀ )(たるい・・・・・・帰るか)

つまり彼もまた、楽しんでいるのだ。
人を殴るという事で何らかの悦楽を感じている。

そして、逃げている。
考える事を放棄し、思い出したくない過去を振り切ろうともがいている。


( ゚∀゚)(・・・・・・もうすぐ、一年か)

動きを止めると、あの日の事を鮮明に思い出してしまう。
こんな物静かな夜には、特に。

だから、こうして気を晴らせるものを求め彷徨う。
布団の中で脅える等という事だけは、絶対に陥りたく無かった。


( ゚∀゚)「綺麗な満月だ」

一人、呟いた。

当然こんな毎日を繰り返していれば、日中の活動など出来たものではない。
ジョルジュは学校生活をもう一度やり直すことになり、今も一学年のままである。

学校を辞める事も考えたが、両親に泣きつかれ断念した。
僅かに残った良心が抑えてくれたものの、こうした生活を続けるのだけは止めていない。
また、『伝説の不良』のレッテルを貼られたのも、つい最近の事ではない。






( ゚∀゚)(いつになったら、こんな生活が終わるんだろうなぁ・・・・・・)

しかし、ここにいるのは伝説と噂されている不良などではない。
威圧感も凶悪さも、微塵も感じることは出来ないのだ。

ここにいるのは、脅えるだけの一人の男。
深い哀しみから逃れるように拳を振るう臆病者がいるだけ。


彼の時間は、あの日から凍りついたままである。




・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・

今の彼にとって、学校は退屈なだけだった。
勉学に励む等もっての他だし、友と過ごすなんてものは考えも的外れ。
周りにいるのは『虎の意を狩る狐』の考えを持った人間ばかりで、不快な事この上ない。

つまり、両親への同情の為、それ以外に学校に行く理由なんてなかった。


( ゚∀゚)「小便でも行くか・・・・・・」

付いてこようとした取り巻きを押さえ込む。

金魚の糞よりもしつこく付いてくる男達に、ジョルジュは酷い苛立ちを感じていた。
寝不足も祟り、不機嫌は加速する。ただでさえ人相の悪い顔はまるで鬼のようである。




トイレへと行く最中、聞きなれぬ声にふと立ち止まる。
悲鳴に近いようなその声に、反射的に足を止めたのだろう。

(;'A`)「うわあああああああ」

声の発信源に顔を向けると、必死な形相の男がそこにいた。
いや、そこに『浮いていた』

階段から足を滑らし落ちたのだろうと瞬時に理解する。
しかし、彼の運動神経をもってしても、それを回避する事は不可能だった。
僅かな考えを浮かべるのも束の間、ドクオはジョルジュの上に被さるように落ちてきたのだから。

鈍い音。
体が強い衝撃を受けて崩れ、更に遅れて痛みもやってくる。

この時、ジョルジュは『ついていない』と、軽い考えを浮かべていた。



とはいえ、不良のレッテルを貼られている自分である。
笑って見送るなんて真似をすれば、仮にも慕ってくれている連中に申し訳が立たないと彼は考える。


( ゚∀゚)(一発殴っておくか・・・・・・)

だから、そう結論付けた。

少しは騒ぎになるだろうが、犯人がジョルジュだろ分かれば周りは黙るだろう。
また、ドクオへの被害も少なく、面子も守られる。

簡単かつ迅速に問題を片付ける事が出来る。
あまりにも幼稚で乱暴的な解決法だが、多少の事には目を瞑る。


しかし、である。



その時、ドクオが浮かべた瞳にジョルジュは硬直する。

(;'A`)「ああ・・・・・・・うあああ・・・・・・」

怯えていた。
今すぐにでもこの場から、逃げ出したいと訴えていた。


ジョルジュにはこの瞳に見覚えがあった。
いつ見ても苛立たしい、吐き気がするほど嫌いなものである。

喧嘩で相手を打ちのめしたときによく見かける。
自分に対し、極度の恐怖を覚え逃避する事しか頭にない弱者の瞳。
あまりにも情けなく、これを瞳に浮かべたものには普段よりも強く拳を振るうようにしていた。


( ゚∀゚)(・・・・・・・この目、俺の大嫌いなこの目)

ならば、何故この瞳が嫌いになったのか。
見覚えがあるのは、いつの事からだったのか。

その答えが、ふと思いついてしまったのだ。


(  ∀ )(・・・・・・この目は俺自身、か)

妹の事故を信じたくなかった。
認めたくなかった。忘れることが出来るのなら、記憶の海に沈めておきたかった。

そんな思いが彼を喧嘩に明け暮れる日々へと誘う。
当然、それは辛苦な記憶からの逃亡に他ならず、自分の弱さに目を背けているのである。

ようやく気付いたのだのだ。
誰よりも、逃げに走っていたのは自分自身。
『弱者』とは、恐怖に向き合えない自分自身なんだと。


(  ∀ )(・・・・・・・)

しかし、気付いた所でどうしようもない事だった。
すでに自分一人では元に戻れない位置まで堕ちてしまったいる。
震えた足に立ち上がる事さえままならない目の前の男のように。


殴る。
忘れていく。

殴る。
自らの記憶を封印する。

殴る。
しかし、その記憶が、閉じられた扉をこじ開けようとする。


一度、認識した思いはそう簡単に捨てられるものではなかった。
拳を振るうたび、彼の心に何らかの痕が刻み付けられていく。
それでも、この衝動が押さえ込まれることは無い。

人を傷つけている時は何もかもを忘れられる。
ただ、その手に走る痛みに生きているという事を感じさせられる
自らに向けられる畏怖の瞳を封じ込ませる事が出来る。



もっとも、暴力を振るわなければその瞳に出会うことはない。
しかし今の彼は抜け出せないほど、このサイクルに飲み込まれてしまっていた。

( ゚∀゚)「・・・・・・んじゃ、そろそろ帰るか」

ドクオの腫れ上がったでこぼこの顔に、光が灯る。
ようやく、この地獄から抜け出せるのだと安堵を覚えたのだ。

しかし、その幸福は束の間の幻想。
刹那の時間だけ与えられた、まやかしでしかない。


( ゚∀゚)「もちろん、お詫びなんて考えなくてくれていいぞ。
      たまーに俺が呼んだときにサンドバッグになってくれればいいんだ。
      お前も、これぐらいで謝罪が済んだ気にはならないだろ?」

ジョルジュは笑顔で言い放つ。
楽しげに、まるで悪魔の浮かべる微笑みのように。


( A )「そ・・・・・ん、おっ・・・れ、は・・・・・・」

ドクオの言葉は、言葉にならなかった。
対峙した恐怖と、口内の傷で喋り辛いことが重なった所為であろう。
湧き出るような鼻血で、呼吸すらままならない。


( ゚∀゚)「お前、良い才能してるよ。
      殴ってて心地良いっていうかさー、今度は仲間も呼ぶからさ」

ドクオの血の気が更に失せていく。
ジョルジュもそうなる事を見越して語っている。

引き返す事が出来ないならと、自らの足で彼は悪意の沼地に進んでいく。
底なしの沼地。行きは易々と嵌っていけれど、当然のように助かることは不可能。
もしも助かろうとするならば、他者の協力が必要不可欠。

彼にとっての、それを成す存在は、いない。




戻りたい、あの頃の幸福な日々に。
毎日のように過去の修繕を願い、夢見る日々には別れを告げたい。

しかし、戻れない。
希望の光は彼の体を少しも照らしてはくれない。

真っ暗な闇の中で、彼は今日も彷徨い続ける。
助けて欲しいと、誰にも届かない言葉を叫び、もがきながら。



【第18話:おしまい】

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