【第十九話:手を伸ばせば】





太陽の光の届かない校舎裏は、彼らにとって似合いの場所だった。

人目のつかない場所で、人に見られては困る行動をする。
その条件に適した、格好の場所なのだから。


「ジョルジュさん、早くやっちまいましょうよ〜」

( ゚∀゚)「ああ、ちょっと待ってろよ・・・・・・」

疼いた体を収めることの出来ない、取り巻きの男が、ジョルジュに懇願する。
パキパキと拳を鳴らし、準備体操まで行っていた。

ジョルジュは思う。
『なんて、面倒くさい奴なんだろう』と。

人を殴ることでしか、自分の存在を確認できないとでも言う気なのだろうか。
もっと、限りのある人生を後ろめたくない、満足するものにあろうとは思わないのか。
そんな年寄り染みた考えを浮かべ、ぼんやりと空を眺めていた。


そして、同時に自分自身に対しての嫌悪が生まれるのだ。
誰よりも、自分がその通りの満足のいかない人生を送っているのだから。


人を傷つけたい訳ではない。
ただ、気を紛らわす為なのだ。

人を悲しませたい訳ではない。
ただ、自分の悲しみを虚ろに変えたいだけなのだ。


例え、それを繰り返すことで一層の孤独を味わうことになったとしても。
その場しのぎという、一瞬の快楽の虜になった彼がすることといったら、やはりそれ以外にはないのである。
だから、毎日の様に、そして今日も同じく。

( ゚∀゚)「なぁ、そろそろ始めようか?」

取り巻きの男達は、歓喜の声をあげる。
そして、男達の中央に、うずくまって肩を震わしている、小さな人間がいた。


( ゚∀゚)「おーおー、随分と小さくなっちまってよ。
     そんなに、俺たちが怖いのかい?」

その人間は返答をしなかった。
いや出来なかった。目の前の暴力の力に歯向かう事も出来ず、さらに口を開くことさえ可としなかった。


( ゚∀゚)「もしもーし?聞こえてますかー?
     ・・・・・・返事が無いなら、体に聞いても良いですかー?」

その言葉に、ようやく、ビクッと反応を示し、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
だが、それは、あまりにも小さな音で、聞き取るのすら困難なものであった。

ようやく、聞き取れた言葉は、意味も単調なものである。

ただただ、『怖い、怖い、怖い』とうわ言のように繰り返していた。



その人間――ドクオは約束通り、呼び出され、この場所にやってきた。
それからというもの、ずっとこの調子で脅え、小さく丸まっているのである。
臆病だから、恐怖に侵されたから、彼がとる防衛策は縮こまるくらいしかなかったのだ。

ドクオ「・・・・・・ぅぁ・・・・・・・」

( ゚∀゚)「はぁ・・・・・・まぁいっか、殴れば変わらないしな」

どうせ、拳を振るえば、絶叫を浮かべるのは間違いない。
今の状態が何であろうと、結果的な、人のする行動に大差など生まれないのだから。


ドクオは恐怖に震えている、
いや、人間なら、恐怖の前には愚かで、情けないと言わざるを得ない状態になる。

それは、誰にも、そしてジョルジュとて例外ではないのだ。


あの時感じた恐怖が、今もなお、彼を支配している。
ジョルジュの行動は、その恐怖によって操られているに過ぎない。

それは、彼自身にも分かっていることだった。

だが、それに抗う術を持っていない。
自分一人で元に戻るのは、あまりにも、険しい場所にまで来てしまったのだ。

出来ることなら、昔の自分に戻りたい。
そうは思っていても、どうすることも出来ないのが真なのだ。
手を伸ばした先に、彼を救ってくれる存在など、居はしないなのだから。


( ゚∀゚)「・・・・・・じゃ、楽しむとしますかね」

そんな逃げ場の無い弱さを隠すかのように、ジョルジュは言った。
いつもの様に、人を傷つけることで、一時的に自分の崩れそうな心を守るために





そんな時だった。


『見つけたああああああああああ!!』


そんな雄叫びと共に
風が通り抜けた
取り巻きの一人が吹き飛んだ。


一人の男が、ドクオしか見えていないかのように、目前に立っていた。



意味が分からなかった。
自分は、不本意ではあるが、伝説の不良と呼ばれている男だ。
そんな人間を敵に回してまで、何故ドクオを助けようとするのかが理解できなかった。

だが、そんな疑問に、男は即座に答えを言い放ったのだ。


『僕がそうしたいと思ったから、そうするんだお!
 裏切り者と言われても、僕はドクオが大事なんだお!
 嫌われたとしても、僕はドクオが好きなんだから関係ないんだお!』

―――つまり、ここにいる理由は?


『ドクオは、僕の親友なんだお!!』

それだけだった。
友達だから、それだけの理由で恐怖すら置き去りにして男はこの場所にやって来たのだ。

思わず、笑いがこみ上げてきた。


そんなちっぽけな理由なのか。
それだけで、弱さを克服することが出来るのか。

愚かだとも思う、馬鹿な男だとも思う。
だか、それ以上に、そんな二人が羨ましくて、可笑しかったのだ。


「ちょ、ちょっとジョルジュさん・・・・・・こいつら可笑しいっすよ?」

( ゚∀゚)「くくく・・・・・・本当に変な奴らだよな・・・・・・」

この男なら、自分の悲しみを忘れさせてくれるかもしれないと思った。
人を傷つける行為によってではなく、笑顔で恐怖を克服させてくれると思った。
手を伸ばしても誰も居ないはずだけど、この男達なら無理矢理に引っ張ってくれるかもしれないと思った。

その時、ジョルジュは初めて、心から人に助けて欲しいと願ったのだ。
無意識に『友達』になって欲しいと願ったのだ。



「フゥハハハーハァー!!やっちまうぞコラぁああああ!!」


『上等だおおおおおおおおお!!』


(#゚∀゚)「覚悟は出来てるだろうなぁあああああああ!?」


(#'A`)「それはこっちの台詞だぁああああああああああ!!」


今はちっぽけなプライドが邪魔をしていた。
しかし、それもきっとすぐに、素直になれる日が来るだろうと確信もしている。

伝説の不良と互角に渡り合った男達、そういったレッテルがあれば不自然なこともない。
・・・・・訳でもないが、幾らかは自分とつるむのも表面上の理由が出来ると思ったのだ。


ようやく、暗闇に光が差したかのようだった。
いや、いつだって、光は届いていたのかもしれない。
少し見方を変えれば、手を差し伸べてくれる仲間に出会えたのかもしれない。

気付くのに遅れただけなのだ。
太陽はいつだって眩いのだ。世界はいつだって光に包まれている。



こうして、茹だる様な暑さの中。

まるで緊迫感の無い喧嘩が始まったのであった。





        *         *         *



・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・

あの時、あの二人に出会えたことでジョルジュは変わることが出来た。
その感謝の気持ちはいつまでも消えずに、彼の心の中の根底になることだろう。


(#゚∀゚)「・・・・・・そんな風に思っていた時期が俺にもありました」

アイスの残骸と思わしきものが、路上に落ちていた。
それを食べ物と呼ぶには、いくらかの抵抗を感じる。
アスファルトの暑さにドロドロになっているし、更には土と混じりあい、実に無残な姿である。

(;^ω^)「いや・・・・・これはドクオが押したから」

('A`)「いやいや、勝手にブーンがジョルジュにぶつかったけだろう」

どうやら、内藤がジョルジュにぶつかった拍子に落ちてしまったらしい。
大の高校生が、アイス一つで腹を立てているのだから情けない。


(#゚∀゚)「俺のアイスを返せえええええええええええええ!」

(;^ω^)「く、来るなおおおおおおおおお!!」

ジョルジュは勢いよく内藤に飛び掛った。
綺麗に決まったフレイングボディプレスによって、内藤は下敷き状態になっている。

( ゚∀゚)「フフハハハ!!どうだ、俺様のアイスリメンバーは!!」

(;^ω^)「技名ださっ!!ていうか熱いっ!!
       道路の暑さで焼けちゃうっ!!ジュウジュウいってる!!」

内藤の姿焼きである。
ドクオは、腹を抱えて笑っていた。

夏休みを満喫している彼等に、不穏な様子などまるでない。
去年の今頃、ジョルジュにあった不幸など、誰が思い返すのであろうか。

今、この場所に、負の感情なんてものはない。


ジョルジュは自分自身を取り戻す事が出来た。
あの時の、恐怖に脅えていた自分に還ることはない。


ジョルジュは腹を立てている。
なくなったアイスはもう二度と帰ってこない。


そして、ジョルジュは感謝している。
もう二度と、この絆を離すことは無い。







【第十九話:おしまい】
前のページへ] 戻る [次のページへ