【第5話:奇人・変人・僕、凡人】





太陽は高度を上昇させ、天に近付いていく。

時刻は、午後12時45分。
学校の時限を表すのならば、昼休みだ。

光差し込む廊下に、一人の女性が佇んでいた。
じとっとした暑さが、その場を包んでいるにも関わらず、冷ややかな瞳を伴っていた。

川 ゚ -゚)「・・・・・・ここか」

呟いたその先には扉。
『放送室』と書かれた安っぽい張り紙が、その場所の意味を表している。


川 ゚ -゚)「大丈夫、私は出来る子だ・・・・・・」

胸に手を当てながら、大きく深呼吸。
膨らみを帯びた胸部が更に盛り上がり、はちきれんばかりである。

そして、目を見開くと共に、勢いよくその扉を開いた。


川 ゚ -゚)「全員、手を上げて背を向けろ」

鬼人、来襲。

どこからか取り出した拳銃を掲げ、言い放つ。
もちろん、モデルガンなのだが、黒光りが嫌な現実味を帯びていた。

「な、何だよ君は!ここは放送室・・・・・」

当然、そんな戯言に黙って従うものばかりではない。
一人の男が女に向かって食ってかかろうとした・・・のだが。


川 ゚ -゚)「君は危険分子のようだな」

放たれるBB弾。良い子は真似してはいけない。
研ぎ澄まされたその狙いは、男の瞳を貫こうとしていた。

繰り返すが、良い子は真似してはいけない。


「痛っ!ちょっ、まじパねぇって、それ!!」

降りかかる銃弾の雨。
ちょっとやそっとじゃ止まらない、君のマシンガン。


川 ゚ -゚)「黙れ、止めて欲しかったら服を脱げ。
     それを終えたのなら、床に腰でも振ってろ」

男は黙って従った。晒される肉体。
満足気にそれを見下す女を見て、他の者共は思う。

『逆らったら、死あるのみ』

体は氷のように、冷たく動かない。
たった一人の女性によって、4人の男は完全に沈黙。

場は、地獄と化していた。


川 ゚ -゚)「おい、豚。
     ここの放送器具はどうやって使うんだ」

「あ、はい・・・・・これはこうしてですね・・・・・」

女性の白魚のような美しい肌と、豚の蹄が触れ合う。
蹄に心臓が移植されたかのように、大きく鼓動したのを感じた。
過ぎてゆく、ピンク色の、甘くとろける様な時間。


川 ゚ -゚)「馴れ馴れしいぞ」

「あひぃんっ!!」

それも束の間、レバーにまで衝撃が伝わるような蹴りが放たれる。
どことなく恍惚とした表情を、何と、両者共に浮かべていた。

所詮、豚。
飛べない豚は、唯の豚である。


川 ゚ -゚)「お、ついたな」

ぶつっ、という音が装置の起動を示す。
ここからは、全校生徒が感じる衝撃と共にご覧頂きたい。


『あーテステス、テステス。 
 只今、マイクのテスト中でごさいまーす』

まず、生徒が思い浮かべるのは疑問であった。
放送事故が起きてるぞ、と茶化すのはどこのクラスでもDQNである。


『放送室はジャックした。
 既に、この場所は私の支配下におかれている』

そして、訪れる混乱とざわめき。
不安を覚える者、面白い事が起きていると目を輝かす者。
多種多様な反応は、人間動物園という新たな境地を考えさせる程だった。


川 ゚ -゚)(掴みはバッチリだな)

この女性の頷きを見れるのは放送室にいる面々だけである。

それは、ベテランの料理人が極上の飯を食べて、唸る時に酷似していた。
しかし、渋みを帯びた顔でさえ、尚美しい。


『まず、これから私が語る言葉は唯一人の人間に送るものだ。
 だから、興味が無いというものは耳を塞いでくれ。
 そして、夜中にやっぱり聞けばよかったと悶々としてくれ』

『私は臆病なので、こんな形をとらして貰った。 
 ここまでやってしまえば、今更、逃亡など出来ないだろうからな。
 準備は整ったので、そろそろ本題に入ろうと思う』

次々と紡がれていく言葉。
生徒達は、それに耳を傾けるほか無かった。


川 ゚ -゚)『私は、2年P組の素直クー。
     1年V組の内藤ホライゾンに愛を伝えたい。
     子作りを前提として、私と付き合って欲しい。
     ひょっとしたら、突き合っての方がいいかもしれんな(笑)』



放たれた言葉に、例外なく生徒達は噴出す。

放送室のドアを叩くのは、暴走を止めようという先生であろう。



それでも、クーの無表情が解かれる事は無かった。


・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・

未だ、昼休みには変わりない。
しかし、教室内では大掃除が決行されていた。

あの放送の被害は想像以上に深刻である。
噴出された弁当やパンの残骸が、そこいら中に飛び散っていた。


( ・∀・)「いやいや・・・・・すさまじいね」

(;^ω^)「生まれてきて一番、驚いたかもしれんお・・・・・」


今も尚、スピーカーからは爆音が鳴り響く。

それの先では、先生達とクーが、格闘技者もビックリの大乱闘をしている。
ぐしゃ、と何かが砕けるような音は気のせいだろうと誰もが聞き流していた。


( ・∀・)「告白もそうだけど、まさか会長があんな事をねぇ」

( ^ω^)「会長ってなんだお?」

( ・∀・)「え、だから、クーさんは生徒会長でしょ?
      変な人とは思ってたけど、暴走するとまでは思わなかったよって」

( ^ω^)「ほへー、流石にモララーは物知りだお」


( ・∀・)「・・・・・僕も生徒会の一員だって、もう忘れたんだね」

生徒選挙があったのは、つい最近の事であった。
それにも関わらず、内藤の頭にはそんな出来事の記憶は微塵も無い。
興味の無いことには、脳の要領を使わない性分のようである。


( ・∀・)「友達のことぐらい、覚えててよ・・・・・」

( ^ω^)「いやはや、現実は川の激流のように過ぎ去っていくものだお・・・・・」

彼が見せた遠い目の先には、暑さに衣服をはだけさせる女子生徒の姿があった。


( ^ω^)「あー、ドクオはまた音信不通だし。
       なんかもう、今日は散々な感じがするお」

ドクオに送ったメールは、またしても返事がなかった。

ジョルジュの仕業かと思ったが、今日はジョルジュが休みという風の噂でその線は消えた。
サボりだろうというのが、内藤の出した最終的な結論である。


( ・∀・)「悪い事があったら、良い事があるもんだよ」

( ^ω^)「その『良い事』があの大胆な告白だとしたら?」

(;・∀・)「う・・・でも、会長は本当に綺麗な人だよ?」

(;^ω^)「でも、流石に子作りを前提にとか言われると・・・・・」

そんな他愛も無い会話をする最中。

教室の扉が、破壊されるかという勢いで開かれた。


川 ゚ -゚)「内藤ホライゾンはいるか」

悠然と、それでいて、冷淡に言い放つ。
乱れた髪と、流れ出る汗が放送室での争いの激しさを物語っていた。

そして、教室内の生徒は固まる。
話題の渦中にあった人が突如、現れたのだから無理もない。
ビデオの一時停止のように、僅かな動きすら見せなかった。

そんな中、内藤とクーだけは再生中である。


(;^ω^)「えと、ここにいますお」

川 ゚ -゚)「良かった、放送は聞いてくれたかい?」

(;^ω^)「はぁ、どうにか」

聞かない訳が無い、とは突っ込めなかった。


川 ゚ -゚)「それで、聞いてみてどう思った?」

( ^ω^)「凄く・・・・・驚きです」

( ・∀・)(・・・・・・何か、会話に違和感を感じるんだけど)


川 ゚ -゚)「そうかそうか。
     大胆不敵な乙女の言葉に男の子はクラクラというのは間違いなかったようだな。
     さすがに、ナッシングパンティーは無理だったが」

( ^ω^)「何の話ですかお?」


川 ゚ -゚)「聞くな、女は黙って自分を磨くものだ」

今朝、クーは悩みに悩みぬいた末、下着を履くことにしたのだ。
愛と理性の狭間で彷徨った事は、彼女を更に成長させたのかもしれない。


川 ゚ -゚)「そうそう、別に敬語は使わなくて良いぞ。
     たった一年の年の差など、あってないようなものさ」

それに、と彼女は付け加え。

川 ゚ -゚)「何と言っても、将来は私と同じ墓に入るんだからな」

教室の空気が、更に冷ややかになっていく。
しかし、クーには場の空気の変化など何の意味も持たないようであった。


(;^ω^)「えーと・・・・何で、色々とぶっ飛ぶんだお?」

川 ゚ -゚)「おお、素早い対応に感謝するぞ。
     質問に関してはあれだな、人の一生は短いぞ、と」


(;^ω^)「あっという間に僕は死ぬみたいじゃないかお!」

川 ゚ -゚)「君と一緒なら、私は何も恐れない」


内藤の話は、間違いなく通じていない。


冷房でキンキンに冷えた部屋にも関わらず、両者は汗を垂れ流す。

一方は暑さの余韻の為。
一方は涼しさを通り越した、冷気の為。

身震いするような悪寒は、気のせいではないと内藤は感じていた。


川 ゚ -゚)「む・・・・・・追っ手がきたか」

(;^ω^)「はい?」

川 ゚ -゚)「もう少し、愛を語り合いたいところだったが、致し方あるまい」

そう言って、クーは教室の奥へと進む。
帰るという言葉の矛盾に、内藤が詰め寄ろうとしたのだが。


川 ゚ -゚)「また来るぞ、内藤ホライゾン」

(;^ω^)「だから、そっちは扉じゃないお!」


内藤が言い終えるよりも速く、クーは姿を消した。
その光景を見ていたものは、皆、例外なく自らの目を疑った。

『クーは、窓から飛び降りた』


( ^ω^)「・・・・ここ、2階だお」

( ・∀・)「いや、会長だから心配いらないでしょ」


(;^ω^)「そんな当たり前のように言われても困るのですが」

( ・∀・)「噂では、動物園の虎に喧嘩を売ったとか、なんとか」

(;^ω^)「それは間違いなく、痛い人じゃないかお?」

檻に囚われた猛獣に、罵声を浴びせる女性。

その姿を想像しながらも、内藤は笑いを堪えるのに成功していた。
いや、それ以上に畏怖の想いの方が強かったせいかもしれない。


クーが逃亡に成功してから、2分程して、ようやく追っ手が教室に辿り着く。
そして、この場所にいないと察すると、またしても駆け出していく。

いったい、どうやってこれを察知したのかと、内藤は豪く感心した。


( ^ω^)「・・・ところで、僕はどうすればいいんだお?」

( ・∀・)「告白されたんだから、お返事じゃないの?」

( ^ω^)「子作りを承認するかどうかを、かお?」


( ・∀・)「・・・僕はブーンの娘が見たいかなぁ」

( ^ω^)「他人事、というわけですかお」

友人は頼りにならない。
荒野に投げ出された草食動物のように、彼は孤独を感じた。


( ^ω^)(なんか、色々と困ったお)

はっきり言って、自分の手には負えないと内藤は思った。
しかし、相手が美人である事が、完全な拒否の選択を曖昧なものにしていた。

彼も、思春期の少年なのである。
一時期の気の迷いに、その心を焦がすなど、当然の事なのだ。


( ^ω^)(こんな時は、しぃちゃんに聞くべきだお!)

結局、内藤は判断を他人に任すことにした。
女性の意見を取り入れるのも重要だという理由もある。
ドクオの時に、良いアドバイスをくれたのだから、なおさらだ。


『あの少女なら、良い了見を聞かせてくれるに違いない』

そんな想いを胸に秘め、放課後までの時間を無益に過ごすのだった。


・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・

( ^ω^)「しぃちゃーん!会いたかったお!」

(*゚ー゚)「私も、アイスに会いたかったよ!」

しぃの視線は内藤の持つコンビニの袋に、一途に惹かれている。
内藤は寂しい想いを心に押さえつけ、ベンチに腰をかけた。

だらりと、溶けたアイスのような姿勢。
どうやら今日の出来事が、よほど精神的に堪えたらしかった。


( ^ω^)「あー、こんな日はシャーベットが一番だお」

アイスの封を開けると、口の中に投げ込むように詰め込んでいく。
シャリシャリとした感触と、オレンジの風味が口いっぱいに広がっていく。

上半身が一挙に冷やされて、すっ、と汗が引いていく。
同時に、頭に訪れる鈍痛も、また乙なものだと彼は思った。


(*゚ー゚)「どうしたのさ、今日は一段とダメ人間じゃない」

さらりと毒を吐く少女。
だが、口の周りがバニラアイスで白く染まっていた。

( ^ω^)「今日は学校で色々あって、疲れたんだお」

(*゚ー゚)「また何かあったんだ?」

しぃはキラキラと瞳を輝かせる。
どうやら、相当なお節介体質らしい。


( ^ω^)「嬉しそうにしないでくれお。僕は割と本気で困ってるんだお」

(*゚ー゚)「ほほぅ、またドクオ君関連ですかな?」

( ^ω^)「いやいや、今日は僕の問題なんだお」

(*゚ー゚)「へぇ、悩みなんて無いように見えるけどね」


( ^ω^)「どんだけ人を馬鹿にすれば気が済むんだお」


(*゚ー゚)「それで何があったのさ?」

( ^ω^)「実は、今日、告白されてしまったんだお」

(* ー ) ピク

しぃの眉尻が、ほんの一瞬だけ釣り上がる。
内藤はその微妙な反応を見て、無理にでも話の腰を折ろうとした。


(*゚ー゚)「へぇ・・・・それで?」

だが、彼女の気迫は、彼の押さえ込める範疇を超えていた。
オーラのようなものが、しぃの後ろから、威圧感を加速させていた。


(;^ω^)「それで・・・・・僕はあんまり、その人の事を知らなかったんだお」

(*゚ー゚)「ふぅん、で?」

内藤は、警察の尋問を脳裏に浮かべていた。
だが、『カツ丼一丁!』なんて冗談はとてもじゃないが、口に出せなかった。


(;^ω^)「えと、それに変な人だったから困ってしまったんだお」

(*゚ー゚)「断るの?」

(;^ω^)「いや、それが、凄く綺麗な人だったから迷ってしまって・・・・・」

内藤はチラリとしぃの胸元に目をやった。
衣服の上からでも分かる、綺麗な凹凸の無い平面だった。

そして、クーの大きく実った果実を思い浮かべて、鼻の下を伸ばした。


(;^ω^)「はっ!」

(* ー )「・・・・・・・・・・・」

しぃは、そんな彼の視線に気付いていた。
そして、おぼろげながらに、今の動作の意味を理解したのだろう。
わなわなとその身を震わせていた。


(;^ω^)「ひ、貧乳はステータスだお!」

それは墓穴。
ダブルで墓穴、ダブボケ。


(* ー )「・・・・・・れ」

(;^ω^)「お?」

(* ー )「・・・・・・えれ」

(;^ω^)「おお?」


(#゚ー゚)「帰れ!このおっぱい星人!!」

聞いた事も無い、しぃの大きな声に内藤はえらく驚愕した。
同時に、彼女が発した『おっぱい』という言葉に妙な興奮を覚えた。


(;^ω^)「ここは公共の場だお!」

(#゚ー゚)「知るか!ここは私のテリトリーだ!」

(;^ω^)「り、理不尽だお!!」

(#゚ー゚)「五月蝿い!変態と同じ空気なんて吸いたくないよ!!」


『それなら、お前が帰れ!』という言葉を発する間もなかった。
繰り出される、蹴りや拳、罵声の嵐に退散する他なかったのだ。

アイスの袋は強奪されていた。
抜け目が無いなと、少しだけ内藤は笑った。


( ^ω^)(でも、何で怒ったんだお?)

『そんなに胸の事を気にしていたのか?
 でも、その前に怒っていなかったっけ?』

なんていう疑問を浮かべたところで、思い出す。


( ^ω^)(結局、アドバイスは貰えなかったお・・・・・・)

それどころか、酷い目にあった。
今日は散々な一日だと、彼は思った。


そういえば、今日の星座占い。

恋愛運は最低だったな。




そんな事を思いながら、彼は帰路につく。

その背中には、哀愁が漂っていた。





【第5話:おしまい】

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