【第6話:出せない答え】
* * *
少女は、一人その場に立ち尽くす。
何を求める訳でもなく、目的があった訳でもなく。
ただ、逃げるように走った先に、辿り着いた場所であった。
そこは一面が黄色に染められた花畑。
大きな、少女よりも背の高い向日葵達が見下している。
その大きな花びらが、太陽よりも眩しかった。
寄り添うと、彼女はスッポリとその影に収まった。
緑の葉が、風と踊るようにしながら、頬を掠めていた。
何も考える必要が無かった。
美しいと、そんな想いだけが心に渦巻いていたから。
雲が流れると、向日葵もざわめく。
それが何だか楽しくて、少女は笑った。
自分の髪もなびいていたから、仲間になれたような気がしたのだ。
身の丈に合わない麦藁帽子だったが、向日葵の花の方が大きい。
純白のワンピースであったが、雲の方が清純に美しい。
自らを卑下する訳ではないが、少女はそう思えたし、嬉しかった。
服が汚れる事なんて気にせず、大地に、仰向けに寝転んだ。
見上げた空は、彼女を飲み込んでいくかのようで、青くて、広くて。
両手をそのまま上にかざすと、透き通った手に血の流れを見た。
それに見た赤さに、自分が生きていると確かに感じた。
『ああ、何で私は逃げてきたんだっけ?』
瞳を閉じて、そんな疑問を自分自身に投げ掛けた。
* * *
屋上の扉を開いた先の光景に、内藤は目を疑った。
むしろ、これは夢なんだろうなと、今の状況を信じることが出来なかった。
( ゚∀゚)「ははは、青空の下で食う弁当は美味いな!」
('A`)「まぁ・・・確かに、美味いなぁ」
( ゚∀゚)「おっと、その玉子焼きはもらっちまうぜ?」
('A`)「じゃあ、俺はたこさんウインナーを」
ジョルジュとドクオが仲良く昼食を摂っている。
互いのオカズを可愛らしく、交換している。
それは、事情を知らぬものでも疑問を持つ光景。
華奢なオタクを思わせる人間と、ガタイの良い不良の象徴のような男。
そんな二人が、同時に場に存在しているのだから。
両者に在る因縁を知っている内藤なら、尚更だった。
('A`)「おお、来たなブーン」
( ゚∀゚)「とりあえず、ここに座れや」
(;^ω^)「えーと、はい」
疑問が尽きぬ内藤であったが、言われるがままにした。
若干、ジョルジュとは距離を開け、向き合う形で胡坐をかいた。
( ゚∀゚)「そんなに脅えるこたぁないだろうがよ!」
('∀`)「おいおい、この前ぶん殴ってお別れだったくせに何言ってるんだよ☆」
( ゚∀゚)「こやつめ、ははははははは!」
突っ込みたくても、それが出来ない苛立ち。
そんな事も露知らずに、笑いあうドクオとジョルジュ。
内藤は、怒りと困惑の混じった複雑な表情を浮かべていた。
('A`)「うんまぁ、お前の言いたい事は良くわかる。
何故、俺たちがこんな風になったかを聞きたいんだろ?」
内藤は高速で頷いた。
( ゚∀゚)「よし説明してやろうじゃないか!」
( ^ω^)「出来れば3行で頼みたいお」
('A`)「・昨日、学校さぼってたらジョルジュが家に来た。
・謝ってきた。話を聞いて、俺も許そうと思った。
・ジョルジュも俺がやってたエロゲーのファンだった」
分かりやすそうで、分かりにくい3行まとめだった。
何より、満足げに頷きあうジョルジュとドクオが憎たらしかった。
( ^ω^)「その3行目は必要なのかお?」
( ゚∀゚)「なによりも、そこが大事なんじゃないかと俺は思ってる」
硬派な純粋の不良と言うイメージは、豪快に崩れ去った。
('A`)「いいか、エロゲーというのは性の象徴だ。
性と言うのは、言わば本能の塊だ。
つまり、ここで意気投合出来るという事は心から信じあえるという事だ」
( ^ω^)「いや、その理屈はおかしい」
そんな場を見限ったのか、ジョルジュが立ち上がる。
照れくさそうな顔を浮かべ、彼はこう言った。
( ゚∀゚)「なんていうか・・・・・・その、本当に悪かったよ。
すまん、この通りだから許してくれ」
上半身を地面と平行になるように、頭を下げる。
いまだ、彼に若干の恐れを抱いていた内藤は、混乱を覚えた。
('A`)「・・・・・・話を聞いたらさ、こいつにも色々あったんだよ。
一応、俺が一番の被害者で許してるんだから、お前も、な?」
( ^ω^)「・・・・・・」
( ^ω^)「・・・・・ずるく、ないかお?」
('A`)「何がだ?」
( ^ω^)「これじゃあ許さないと、僕が悪者みたいじゃないかお」
( ゚∀゚)「許してくれるのか!?」
ジョルジュは、梅雨明けの空のような眩しい笑顔を浮かべていた。
こうなってしまえば、内藤も文句をつけられるような立場ではなかった。
ジョルジュの事が、幼い子供のように見えてしまったから。
( ^ω^)「まぁ、一応・・・・・・」
( ゚∀゚)「よしよし!意外と話が分かる奴じゃないか!」
川 ゚ -゚)「良い話だなー」
('A`)「昨日の敵は明日の共・・・・確かに良い話だなぁ」
そこまで、何となしに言葉を言ったところで皆が向き直る。
見れば、クーが大口を開けておにぎりを頬張っているところだった。
川 ゚ -゚)「そんなに見られると、食べ辛いじゃないか」
(;^ω^)「何でいるんだお!?」
川 ゚ -゚)「いや、内藤と昼食を摂ろうとしたところ、屋上にいると聞いてな。
そしたら、繰り広げられている青春劇・・・・・びっくらこいたわ」
(; ゚ω゚)「こっちのセリフだおおおおおおおお!!」
内藤の咆哮も無視して、彼女は玉子焼きに目を向けていた。
それを口に入れると、若干、頬が緩まっていた。
どうやら、好物らしい。
川 ゚ -゚)「玉子焼きは、甘いものに限るよな」
(;^ω^)「僕の話を聞く気は全くないお・・・・・?」
当然のように、クーの箸は止まらない。
(;^ω^)「はっ!?」
内藤が振り向くと、ドクオとジョルジュが睨んでいた。
その瞳には、幾ばかりかの、憎悪や妬みの意味が込められていた。
( ゚∀゚)「俺たち・・・邪魔かな?」
('A`)「噂には聞いてたが・・・そうかそうか」
(;^ω^)「そ、そんなことないお・・・・・・」
しどろもどろになる説明。
内藤は、自分の上手く回らない口を恨むばかりだった。
川 ゚ -゚)「お気遣い、感謝しよう」
(;^ω^)「黙ってるお!」
マイペースの過ぎる彼女に対しても、であろうか。
( ゚∀゚)「まぁ、挨拶が出来たから俺はいいや・・・・・」
('A`)「女のいる空気なんて、とてもじゃないが耐えられない・・・・・」
「「じゃあな、色男」」
そんな捨て台詞を吐いて、二人は屋上から姿を消した。
内藤は何も声をかけられなかったし、言葉も見つからなかった。
ただただ、閉まる扉の音に、冷たい孤独を感じるばかりだった。
川 ゚ -゚)「よっ!色男!」
( ^ω^)「・・・・・・・・・」
川 ゚ -゚)「弁当、一口だけなら分けてやろうか?」
( ^ω^)「・・・・・・・・・」
クーの慰めは、意味を成さなかった。
程々の時間が経つと、内藤も諦めの色を見せていた。
今更、教室に戻るのも面倒の極みだったのだ。
折角ならと、クーと共に食事を摂る事にした。
話を聞く事で、告白に対する迷いに決着をつけられないかと思っていた。
しかし、女子と二人きりという環境にはいささかの緊張を覚えていた。
変人ではあるが、クーの端整な顔立ちは、内藤の好みのものだったので尚更。
まともな会話を交わさずに、黙々と弁当を口に運ぶ光景がそこにはあった。
川 ゚ -゚)「そういえば、ジョルジュも変わったものだな」
そんな均衡状態を唐突に破ったのはクーだった。
堅さも見せず無表情のまま、その行為を行った事に、内藤は心の中で敬意を表した。
( ^ω^)「変わったって、ジョルジュの事を知ってたのかお?」
川 ゚ -゚)「去年は、アイツと同じクラスだったからな」
( ^ω^)「あれ、ジョルジュは僕と同じ学年だお?」
川 ゚ -゚)「知らないのか?」
( ^ω^)「何をだお?」
川 ゚ -゚)「ジョルジュは留年しているぞ?」
内藤はそれはもう飛び上がる勢いで驚いた。
しかし、少し頭の悪そうなジョルジュを垣間見た事を思い出し、その熱も冷めた。
( ^ω^)「成る程・・・・・だから、知っていたと」
川 ゚ -゚)「ああ。だがまぁ、今の彼とは全く違ったものではあったがな」
( ^ω^)「どういうことだお?」
川 ゚ -゚)「あいつは、成績優秀の優等生だったんだ」
またしても、内藤は驚愕した。
というよりかは、真面目に机に向かうジョルジュを想像して噴き出した。
川 ゚ -゚)「それがだな、2学期からは全く姿を見せなくなった。
入学してからそれまでは、当然のように無遅刻無欠席をこなしていたのにだ」
( ^ω^)「それで、どうなったんだお?」
川 ゚ -゚)「3学期になって、ようやく彼は学校に来たよ。
つまり、留年の決め手は出席日数が足りなかったという訳だな。
だが、その時には彼は・・・・・・」
クーは、そこで口を閉ざした。
恐らく、不良になっていたと紡ぎたかったのだろう。
しかし、その時に何らかのトラブルがあったのだと内藤は察した。
( ^ω^)(そういえば、ドクオもさっき何か言ってたお。
ジョルジュにも色々あったとか、なんとか)
川 ゚ -゚)「しかし、あれだな。
今日のジョルジュを見て、なんだかほっとしたよ」
( ^ω^)「お?」
川 ゚ -゚)「さっき見かけた、あの笑顔は私が出会った当初のようなものだった。
最近の、近寄り難い雰囲気は微塵も感じられなかった気がしたよ」
( ^ω^)「へぇ、元に戻ったのかお」
川 ゚ -゚)「つまりは、そういう事だな。
恐らくは君が間接的にでも、影響を与えたと私は思うよ」
( ^ω^)「何でそう思うんだお?」
川 ゚ -゚)「・・・いずれ、分かるさ」
意味ありげな呟きに、内藤は何も聞き返さなかった。
それは無粋なものだと思ったし、答えは貰えないだろうなと予測出来たから。
( ^ω^)(何か、懐かしい感じがするお)
再び、訪れた静寂には、緊迫は纏われていなかった。
言葉を交わす必要は無いと両者が分かっていたから。
ただ、その場に吹く風の流れを感じるだけだった。
川 ゚ -゚)「それじゃあ、そろそろ私は教室に戻るよ」
( ^ω^)「ん、じゃあ僕も帰るとするお」
二人が立ち上がって、扉の前に立った時。
唐突に、『あ』とクーは声を漏らして続ける。
川 ゚ -゚)「告白の返事、待っているからな」
扉の向こう側に行くのは、クーだけだった。
内藤はしばしの間、固まっていた。
忘れていた事に驚いた訳でもない。
選択を迫られた事に嘆いた訳でもない。
クーの耳が、微かに赤くなっていたのを見たからであった。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・
(*゚ー゚)「この前はすいませんでした。
なんか、熱くなっちゃいました。許してください」
しぃは、内藤が美府公園に訪れると同時にこう言った。
下げられた頭に対し、内藤はアイスを詰めた袋を落とすのを、返事としていた。
( ^ω^)「しぃちゃんが、『謝罪』という言葉を知っていたのにビックリだお」
(;゚ー゚)「そういう事は口には出さないものじゃないかな?」
( ^ω^)「いやはや、割と本気で」
今日は普段よりも、袋の中身が多かった。
特にバニラ味が多く、白いパッケージが目立っていた。
内藤なりの仲直りの気持ちだったのだが、徒労に終わったようである。
( ^ω^)「まぁいいお。溶ける前にアイス食べるお」
(*゚ー゚)「あ、うん」
内藤がベンチに腰掛け、袋の中身を探る。
そんな一挙一動に、しぃはちらちらと視線を送っていた。
( ^ω^)「なんだお?」
(*゚ー゚)「え?えーと、そのですね・・・・・」
ばつが悪そうに、彼女は口をもごもごとさせている。
なかなか想いを上手く言葉に出来ないような、そんな風に。
(*゚ー゚)「告白、どうなったかなーと」
『ああ、そういうことか』と、内藤は納得した。
( ^ω^)「未だ、検討中だお」
正直な答えだった。
確かに答えを急かされた件もある。
それでも、なんとなく先延ばしにしても良いだろうという気楽な考えだった。
(*゚ー゚)「そっか・・・・・」
しぃはホッとした様子で胸を撫で下ろしていた。
内藤に、その動作の意味を理解できるはずは無かった。
( ^ω^)「で、しぃちゃんに意見が聞きたかったんだお」
(*゚ー゚)「あーあー、そういう事だよね。やっぱり」
( ^ω^)「なのにこの前は・・・・・」
(;゚ー゚)「思い出させないで・・・・何か恥ずかしいから」
しぃはぼんやりと空を見ながら思考を巡らしていた。
時折、うーんと唸ったりする様子を、内藤はただ見つめていた。
同時に、クーには及ばないが綺麗だな、などと考えていた。
(*゚ー゚)「好きっていう気持ちがないならダメなんじゃないかな・・・・・」
自分の世界から現実に戻ると、しぃはそう言った。
( ^ω^)「やっぱり、そうかお?」
(*゚ー゚)「はっきりしないのにっていうのは私はどうかと思うんだ・・・・・」
しぃの言葉は、内藤の掴みかけた選択に酷似していた。
魅力的な女性ではあるが、クーの事はほぼ何も知らないに等しい。
そこから一気に密接な関係になるのも、どうかと彼は考えたのだ。
なにより、真剣な想いに対して、曖昧な応えしか出来ないのがふがいないと思った。
(;゚ー゚)「あ、やっぱり待って!」
内藤が肯定の言葉を唱えようとしたところで、しぃは声を荒げた。
その表情は、どこか申し訳なさそうだった。
(;゚ー゚)「今、私が言ったことは全部忘れて欲しいの!」
( ^ω^)「へ?なんでだお?」
(;゚ー゚)「やっぱり、こういう事はブーン君自身が決めないといけないんだよ!」
『それに、フェアじゃないし』とは付け加えなかった。
そこまでの度胸は、まだ彼女には備わっていない。
( ^ω^)「自分自身・・・・・かお」
(*゚ー゚)「うん、人に流されてする決断は、なにより失礼じゃないかな」
もっともな意見だった。
内藤が掲げる『真剣な返事』を前提にするなら尚更である。
( ^ω^)「うん、じゃあもう少し考えてみるお」
(*゚ー゚)「・・・良い決断が出来るといいね」
どこか複雑な表情を浮かべるしぃであったが、内藤は気付かない。
今は、クーの事を想うだけで精一杯だった。
内藤は、女性と付き合う事を真摯に考えた事が無かった。
おぼろげな理想だけが先行し、周りには目がいかない。
容姿に囚われない人間なら、惹かれる要素を備わっているのにも関わらず。
彼が見逃したフラグというものも、過去にはあったのかもしれない。
それが、今はこんなにも傍にある。
確かな現実となって、内藤に選択を求めている。
初めての経験に、彼は心を悩ませるばかりだった。
(*゚ー゚)「でもさ、その人は何でブーン君を好きになったのかな?」
( ^ω^)「お?」
(*゚ー゚)「私は一緒にいるからさ、『良いところ』もたくさん・・・知ってるよ。
だけどさ、その人とはあんまり関係を持ってなかったんでしょ?」
( ^ω^)「一目惚れ、とか!」
(*゚ー゚)b「その線はないから、大丈夫!」
内藤は分かっていた事だが、酷く気落ちした。
しかし、しぃの言う事も確かではあった。
彼の良いところを挙げるとしたら、やはり性格面である。
それにも関わらず、クーは突然の告白を実行してきた。
考えられるのは、たった一つである。
( ^ω^)(僕は、クーの事を知っていた?)
そして、巡らせる思考。
そして、辿り着けない答え。
その狭間で、内藤は葛藤していた。
出そうで出ない何かに、心を焦がしていた。
手を伸ばせば届くのに、透明の何かに邪魔されるような感覚。
(*゚ー゚)「ねぇ、アイス溶けてるよ?」
( ^ω^)「ん?ああ、気のせいだお」
(;゚ー゚)「へ?」
間違いなく、溶けたアイスは彼の手を伝わっていた。
考えの深さのあまり、内藤は現実を無下にしていた。
しぃが隣で不貞腐れているのにも、気付きはしなかった。
もどかしい感覚に、内藤は空を見上げる。
大きな眩い光は、彼を見下ろしている。
太陽に、内藤は何かの影を重ねていた。
【第6話:おしまい】
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