【第7話:デートは楽しい】




        *         *         *

『何を考えてるのか分からない』

たった一人が発した言葉が、全てのきっかけだった。

それに便乗して、次々と他の子供達も今までの不満を漏らす。
溜まりに溜まったダムが決壊したかのようだった。

子供は純粋だ。
だからこそ、残酷だ。

他意など無く、毒を吐いていく。
悪意など無く、人の心を傷つけていく。
言葉というものに強い力が篭っている事など知らないのだ。

少女のガラスのように脆い心にひびが入っていく。
それでも、気にはしていないと振舞う事しか出来なかった。

強く冷静で、無感情な子だと思われていた。
涙を流すなど、周りの子供達は想像していなかった。

少女は、その期待に応えたのだ。


『向日葵は綺麗だ。
 触れる事の出来る距離にある、太陽だ』

少女は、そんな多彩で、感情と呼べるものを確かに持っていた。
ただ、それを言葉にするのが苦手で、表情に出す事も不慣れにしていた。

幼い者達にとっては、そんな些細な違いは分からない。
何も考えていない、という風にしか受け取る事は出来ない。
そして、その想いを包み隠さず伝えてしまうのだ。

『笑う事が出来ない』

『遊んでいても楽しくない』

『一緒にいたくないなら、いなければいいのに』

弁明の余地すらなかった。
大勢の中に囲まれた一人は、限りなく孤独で、無力であった。

結果、少女は逃げ出した。
誰もいない、それでいて心を安らげる安息の地へと駆け出した。

それがこの場所であり、向日葵はそんな彼女を迎えてくれるのだった。


脳裏に浮かぶのは、先ほどの罵詈雑言の嵐。
次々と繰り出されていく、自分自身に対する不満。

思い出すと、目頭が熱くなるのを感じた。

でも、泣けなかった。
泣いてしまったら、それらに負けてしまった様な気分になるから。

『自分は一人でも大丈夫だ』

その想いだけが、少女の自我を保っている。
その想いが故に、少女は孤独に付き纏われる。

矛盾の果てに、彼女は人外の友達を見つけた。
向日葵は言葉を交わさなくても、いつも笑顔だった。
そして、少女も微笑を返すのだった。

『どうして、この笑顔が人には向けられないんだろう』

そんな疑問を浮かべた時。

すぐ傍に、人の気配を感じた。



        *         *         *



『デートしてください、お願いします』

クーは地面に頭を擦り付け、土下座をしながら言った。

内藤は断る事など出来なかった。
というよりかは、周りの雰囲気に飲まれていた。

彼女がそれを行ったのが、授業中だったからだ。


(;^ω^)「無茶するお・・・・・」

川 ゚ -゚)「すまない、思い立ったらすぐ行動とな」

過去の辱めの事を、内藤は叱る。
だが、どこか楽しげに見えるのは間違いではないだろう。

『デート』というものに、彼は浮かれていたのだ。


行き先など思い浮かばなかった。
悩んでいる内に、約束の日は来てしまったのだから。
正直に内藤が話すと、クーは笑った。

『私も、同じ想いだったよ』

――嬉しかった。



一日の内で最も暑いと言われる午後2時。
二人は、町の中を行く当ても無く歩いていた。

( ^ω^)「どこ行くかお?」

川 ゚ -゚)「どこでも良いよ、君と一緒なら」

(;^ω^)「恥ずかし気も無く、言わないでくれお」

川 ゚ -゚)「だって、デートだろ?」

クーはそう言って、二人の距離を縮める。
手が触れそうだったので、内藤は思わず引っ込めてしまった。


川 ゚ -゚)「・・・・・・・・」

彼女はじっと内藤の手を見つめていた。
どうやら、今の動作を避けられたと感じたらしい。


(;^ω^)「暑くて、汗で凄いことになってるから・・・・・・」

そんな視線に気付いた内藤は、慌てて弁明した。

半分は照れ隠しの嘘で、半分は本当だった。
暑さよりも、妙な緊張のせいで彼の手はぐっしょりと濡れていた。


川 ゚ -゚)「私は気にしないぞ?」

(;^ω^)「僕は気にするんだお」

川 ゚ -゚)「・・・・・残念だ」

内藤は、ホッと胸を撫で下ろした。


この息苦しさは何なんだ、と内藤は心中で嘆いていた。
今までに感じた事の無いタイプの恥ずかしさに、デートへの後悔が渦巻いていた。

それが、自意識過剰になっている自分が元凶だとも知らずに。


川 ゚ -゚)「行き先は決めない、そうする事にしよう」

うろたえるばかりの彼を見かねたのか、クーは言った。
既に、彼女が内藤の一歩前を歩く形になっていた。

( ^ω^)「それじゃあ、どうなるんだお?」

川 ゚ -゚)「何でも良いさ。全て適当にしよう。
     入りたいと思う店があったら入れば良い。
     買いたいものがあったら、買うようにしようじゃないか」


( ^ω^)「なんというフリーダム!」

川 ゚ -゚)「だがそれがいい」

内藤は、そんな彼女に頼もしさを抱いていた。
男として、情けないばかりである。


内藤は、彼女に任せれば良いと考えていた。
自分は話の内容やら、もっと細かい部分に神経を注ごうと思ったのだ。

だが、甘かった

川 ゚ -゚)「よし、ここに入ろう」

( ^ω^)「・・・・・・お?」

彼女の感性が人とは違う、という事を見逃していた。
まともなデートスポットを選ぶ可能性は限りなく低かったのだ。


川 ゚ -゚)「いやぁ、楽しみだ。待っとれよサナダ虫」

(; ゚ω゚)「こ、ここは・・・・・・!!」

クーが軽いステップを踏みながら、歩む場所。

『寄生虫館』と書かれた看板が禍々しく掲げられていた。


・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・

どれくらいの時が過ぎたのかは定かではない。
内藤には1分が何倍にも感じていたので、時間の感覚は失われていた。

川 ゚ -゚)「いやぁ、凄かったな!
     全長8.8メートルのサナダ虫を見た時は心が躍ったよ!」

(  ω )「スパゲッティ・・・うどん・・・焼きそば・・・二度と食べれない」

クーの瞳はこれ以上無いまでに爛々としていた。
それに対し、内藤の瞳は濁っていて、死んでいた。

どうやら、心に深いトラウマを負ったようである。


川 ゚ -゚)「見ろ!寄生虫入りのキーホルダーだぞ!」

(; ゚ω゚)「いやあああああ!!見せんといてぇえええええ!!」

内藤の悲痛な叫びが木霊する。
胃が縮むように、きゅと唸るのを彼は確かに感じていた。


川 ゚ -゚)「あれだけの種類の寄生虫が見れるなんて、凄いよなぁ」

( ´ω`)「あはは、本当だお」

川 ゚ -゚)「標本を集めるのにも苦労しただろうになぁ」

( ´ω`)「尊敬するお、色んな意味で」

面白いのは『寄生獣』だけで充分だ。
内藤の気の抜けた返事の裏には、そんな意味が隠されていた。


川 ゚ -゚)「それに・・・カップルも多かったな」

( ´ω`)「・・・まぁ、一応」

クーは、ほんの少しだけ躊躇いながらそう言った。

驚いた事に、男女一組のペアも多く存在していた。
そして、それを見かけるたびに内藤は思うのである。

『まともな人間はいないんだろうなぁ』と。


足取りも、どこと無く重い。
浮かれた気分など、いつのまにか跡形も無く消え去っていた。

( ´ω`)「・・・・・はぁ」

川 ゚ -゚)「すまない、私といるのはつまらないか」

内藤が意味も無しについた溜め息に、クーはそう反応した。
いや、何も考えずに出たものだったからこそ、性質が悪い。


(;^ω^)「へ?そ、そんな事ないお!」

川 ゚ -゚)「別に気を使う事は無いさ。
     はっきり言ってくれた方が、時には楽になることもある」

(;^ω^)「いや、僕は本当に・・・・・・」

川 ゚ -゚)「君は優しいから、口に出せないだけさ。
     私は自分でも少し変わっているとは分かっている。
     だから、何も迷わずに言ってくれて構わないよ」


彼女らしからぬ、後ろ向きで自虐的な発言だった。
そして、本気で傷ついているんだな、と内藤は理解出来た。

(;^ω^)「僕は、そんな変な女の子といるのも楽しいお?」

川 ゚ -゚)「そう言ってくれるのは嬉しいよ」


(;^ω^)「信じる気はないお?」

川 ゚ -゚)「正直に言うと、な」

思った以上に頑固な性格であった。

直向に、純粋であるからだろう。
一度思い込むと、なかなかそれを拭う事が出来ないのだ。


( `ω´)(・・・あーもう!)

内藤は、どうにでもなれと意を決した。


( `ω´)「ええい、僕は楽しいんだからデート続行だお!」

クーの手を乱暴に掴み、握った。
指と指とが交わりあい、固く結ばれる。

相変わらず、汗で濡れていたが、そんなことは無視した。
ちっぽけなプライドの崩壊より、クーの悲しげな顔を見るほうが何倍も辛かったのだ。

振り返りもせずに、スタスタと歩いていく。
内藤は自分の顔が、尋常でない熱を帯びている事を分かっていた。
それでも、その手を離すことはなかった。


川 ゚ -゚)(・・・・・・・・・)

クーは何も口には出さなかった。
自分を引いていく力に逆らわず、足を動かす。

そして、握られた手の感触に、確かな幸福を感じていた。


・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・

人気の無い小物屋に二人はいた。
折角のデートのお祝いにと、何か形を残そうとしたのだ。


( ^ω^)「これなんてどうだお?」

川 ゚ -゚)「ちょっと派手すぎるかな・・・・・」

しかしながら、商品の選択は困難なものになっていた。

クーはなかなか、これといったものが見つからない。
内藤の選ぶものは、センス的に不味い要素があった。


( ^ω^)「ドクロ・・・カッコイイじゃないかお」

川 ゚ -゚)「私が女、という情報だけは頭の隅にでも良いから配置しておいてくれ」

もっともな意見だった。


クーは真剣な眼差しで、辺りを見渡していた。
内藤の事など、眼中にはないように。

( ^ω^)(・・・・・僕はお邪魔ですかお、そうですかお)

プレゼントするの僕なのに、とは思ったが口に出さない。
彼女を喜ばせるのが何よりの目的だったためだ。


( ^ω^)(僕は僕で探すおー)

良い品物を見つけられる可能性は零に等しい。
それでも、彼は自分なりのセンスを信じる事にした。

骸骨やら、十字架やらの首飾りを手にとっては、はしゃいでいた。


( ^ω^)(そういえば、寄生虫キーホルダーはいいのかお?)

矛盾を感じながら、内藤は物色を続ける。
すると、一つの小物が彼の目に止まった。

( ^ω^)(これは・・・・・・)

美しさよりも、なによりも――



川 ゚ -゚)「内藤、あまり良いものが見つからないので外に出よう」

少し離れた場所から、クーが内藤を呼びかける。
見つからなかったせいか、いささか、残念そうな重い声であった。
内藤は店主に聞かれてはいないかと、少しばかり焦った。

( ^ω^)「すぐに行くから、ちょっと待っててくれお」

川 ゚ -゚)「把握した」

クーが外に出たのを確認すると、それを手に取った。

少し古びていたけれども、輝きが損なわれてはいなかった。


外は、夕焼けが西の空を茜色に染め替えていた。
蝉の鳴き声も、少しばかり元気をなくしている様に感じる。
一日の終わりが近づいているのを、不本意にも感じてしまう。

カラスが飛び、黒の曲線が描かれる。
その光景に、妙な感傷に浸ることとなった。


( ^ω^)「もうすぐ、デートもお終いだお」

呟いた言葉は、誰に言ったものではない。
自分自身に投げかけたつもりであった。

けれども、理解出来ない自体が彼に起きる。
今はまだクーとのデートの最中で、それを楽しんでいる。

そのはずなのに。


彼の頭の中には、一人の女性の姿が描かれる。




小さな体が、本を捲っている。

口にアイスを放り込み、そして笑顔を見せる。




ふと浮かんだそれらに、訳も分からず、内藤は胸が痛む想いをした。




【第7話:おしまい】

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