【第8話:ヒマワリ】




( ^ω^)(ああ、ここは紛れも無く『公園』だお)

内藤は、そんな滑稽な考えを浮かべていた。


夕暮れ時のその場所に、普段はあるはずの、遊びまわる小さな影は無い。
腹を空かせ、家族の待つ家へその足を運んでいる事だろう。
何処からとも無く漂ってくる甘美な料理の匂いが、それを確信へと至らせる。

それでも、この場所は確かに公園であった。
使い慣らされた遊具は、子供達の笑顔を浴びて、その姿を錆びらせているのだから。


( ^ω^)(美府公園とは大違いだお)

此処とは違い、時だけが残酷に過ぎているあの場所を思い浮かべ、彼は思う。
同じ『公園』と名は付いていれど、その現状は明らかに違うものだった。

腰掛けるベンチも、僅かにペンキの色が新鮮味を帯びていた。


( ^ω^)(それに・・・・・・)

チラリと内藤が横を見ると、クーが押し黙って俯いていた。
ほんの少しだけ、緊張しているようにさえ見えた。


――それに、いつも隣にいるはずの、しぃが此処にはいない。
隣にいるのは、今日一日を共に過ごしたクーという女性だった。

内藤が覚える違和感はそれが第一の理由なのであろう。
あの少女といる時には、穏やかでゆったりとした雰囲気だけがある。


( ´ω`)(うああああ、空気が重過ぎて死にそうだお!!)

反して、今の状況は彼には耐えがたいものだった。

内藤には、恋仲である者だけが感じられる沈黙の喜びというのが分からなかった。
艶かしいムードというのを理解出来る程、精神が成熟してはいなかった。


川 ゚ -゚)「なぁ、内藤」

(;^ω^)「はい?」

だから、クーが口を開いた時、内藤は心底ほっとした。
思わず、返事の声が裏返ってしまう程だった。


川 ゚ -゚)「「今日は楽しかったか?」

( ^ω^)「もちろん、凄く楽しかったお」

川 ゚ -゚)「そうか・・・・・・楽しかったか」

クーは、どこか悲しげな顔を見せた。

内藤は、その様子を見て酷く混乱する。
今の問いに対して、肯定したのは間違いではないと確信していたからだ。


( ^ω^)「クーは楽しくなかったのかお?」

当然、質問を返すことになる。


川 ゚ -゚)「・・・・・・凄く、複雑な気分だったよ」

小さく、口から零れるように呟いた。
彼女は自分自身の不甲斐なさに嘆いていた。


川 ゚ -゚)「生きていた中で、最も喜びを感じた一日だったのかもしれない。
     好意を持った人間と、時間を共に出来たのだから当然かもな」

( ^ω^)「・・・・・・だったら?」

川 ゚ -゚)「でもな、同時に苦しかったんだ。
     心が、甚振られるように、焦がれていたんだ」

視線は俯いたままだったので、下に送られていた。
地面を見つめ、口だけが敏捷に動かされていた。

垂れ落ちた前髪によって、表情は分からなかった。
しかし、いつもの無表情の顔が、今は歪んでいる事を内藤は悟っていた。


川 ゚ -゚)「君の一挙一動に私は振り回されるんだ。
     勝手に喜んで、勝手に哀しんで、『心の中で』だ」

( ^ω^)「・・・・・・・・・・」

川 ゚ -゚)「素直に気持ちをぶつけるのが、また億劫になっている。
     今までは出来た事が、少しずつ困難になっていく。
     きっとそれは、私のお前への気持ちが大きくなっていく証拠なんだ」

クーの紡ぐ言葉が、内藤の体を貫いていく。
今は、それを遮ろうとは思わなかったし、出来なかった。


川 ゚ -゚)「愛というのは恐ろしいものなんだな。
     自分が自分でないかのように、心の制御が出来ない」

川 ゚ -゚)「口から出る言葉に嘘が混じっていくんだ。
     もちろん、どうにか本心を伝える事が出来る時もあったが。
     ・・・・・・普段は当然のように出来る事が、今日は辛かったよ」

蝉が、じぃじぃと鳴いていた。
しかし、内藤の耳には彼女の声しか届かなかった。


川 ゚ -゚)「だから、私は君と友以上の関係になりたい。
     一緒に笑いあって、悩みは二人で分かち合いたい。
     言葉に出さなくても、通じ合えるような関係になりたい」

川 ゚ -゚)「愛していると、惜しげもなく言いたい。
     愛していると、たった一言、君の口から聞きたい」

クーは顔を上げ、真っ直ぐに内藤を見つめた。
ほんの僅かな空間が二人を隔てているだけで、心臓の鼓動が聞こえてくるかのようで。

そして、彼女の瞳には、純粋に内藤の姿しか映っていなかった。


川 ゚ -゚)「内藤、君のことが好きだ。
     だから、この言葉に対する答えを聞かせて欲しい」

唇は、震えていた。
微かな吐息は、少しずつ荒げていった。


そこは、二人だけの世界だった。

蝉とカラスと、太陽と空と、大地と草花と。
それらを除けば、彼等を邪魔するものなど何もなかった。

互いの視線が交錯し、交わりあう。
互いの吐く息が、距離を越えて重なり合う。
互いの生命の鼓動が、自分のものの様に感じられる。

時という概念が分からなくなるほど、その様相に夢中になっていた


空気は、張り詰めた糸のように緊迫していた。
ほんの些細な衝撃でも、それは解かれていってしまうだろう。

( ^ω^)「僕は、その想いに応えられないお」

そして、その言葉は、条件には充分すぎるほどだった。


川 ゚ -゚)「・・・・・そうか」

ぽつりと呟いた言葉が、内藤の心を締め上げる。
それでも、自分の決断に彼は後悔などは無かった。


川 ゚ -゚)「良かったら、理由を聞かせて欲しい。
     その答えに至ったまでの、君の想いを」

( ^ω^)「・・・・・・笑顔が、見えたんだお」

川 ゚ -゚)「笑顔?」

内藤の視線が、遠くを見るものに変わった。
クーはそれを見て、駄目だったんだなと、改めて認識させられた。


( ^ω^)「好きとか、そういうハッキリしたものじゃないんだお。
       その子に対して、特別な感情を持っていた訳じゃないんだお。
       いや、今だってそう思っている訳じゃないんだお」

ただ、と彼は続け。


( ^ω^)「それでもその子の笑顔が見えたんだお。
       悔しいけど凄く綺麗で、ずっと見ていたいと思ってしまったんだお」

川 ゚ -゚)「私と付き合うと、その笑顔は見れなくなるのか?」

( ^ω^)「ううん、きっと彼女は笑顔を見せてくれるんだお。
       何があっても、ずっとその表情を僕に向けてくれんだお。
       ・・・・・・でも、僕はそれを純粋に喜べなくなってしまうと思うんだお」

それが、彼の出した答えだった。

確かな現実よりも、曖昧な未来を選んだ。
天秤にかけた重りは、本来なら釣り合うようなものでなかった。

しかし内藤は、そんな天秤をまるで無視するかのように、選択した。


川 ゚ -゚)「・・・たった一つの笑顔に、私は負けたか」

クーは自嘲気味に、そう言った。
声を発する度に、擦れる度合いも増えていった。


川 ゚ -゚)「・・・・・・うまく、いくと思ったんだがなぁ」

クーは空を見上げた。

茜色の夕焼けを見るためでも、物思いに耽るためでもなかった。
瞳の奥に感じた熱いものが、頬に伝うのを避けるためだった。

だから、早くその場から立ち去りたかった。
逃げるようだと思われても、自分のそんな姿を内藤に見られたくなかった。


川 ゚ -゚)「帰ろうか、もう太陽も沈みかけている」

( ^ω^)「・・・・・お」

川 ゚ -゚)「なぁに、お前は何も気にする事は無いさ。
     全ては私の暴走だったと思ってくれて良い」

言葉を発し終えると、呼吸が辛くなった。
涙は流さなかったが、体全体が泣いていたのだ。


だが、内藤の言葉がそんな彼女を引き止める。


( ^ω^)「・・・・・・あの時と、同じだお」

川 ゚ -゚)「・・・え?」

クーは素早く反応した。
まさか、という想いが強く心に現れていた。


( ^ω^)「もっとも、今、僕が言うのは変かもしれないお」

川 ゚ -゚)「・・・・・・・・・」

( ^ω^)「涙は流さなくて、でも泣いていたんだお」

川 ゚ -゚)「君は、ひょっとして・・・?」


( ^ω^)「あの時も、今と同じように泣いてたお。
       理由は全然違ったけど、確かに仕草は同じだったお」

目を閉じれば思い出せる、あの日の記憶
それが今もまた、鮮明に蘇ってくるのをクーは感じた。


( ^ω^)「さっき、小物屋で良い物を見つけたんだお。
       このデートの記念にと、プレゼントしようと思ったんだお。
       ・・・・・・こんな状況じゃ、受け取れないかお?」

クーは即座に首を横に振った。


( ^ω^)「良かった!じゃあ、これをクーにプレゼントだお」

内藤はポケットから小さな小包を取り出す。
そして、嬉しそうにその封を剥がし、中からそれを取り出した。


懐かしい友を垣間見た。

遠い日に置いてきた、その姿。
今となっては必要の無かったはずだった。
けれども、自分の中の根底として今も尚、影を残している。

塞き止めていたはずの涙が零れ落ちる。

――それは、向日葵のブローチだった。


        *         *         *

その気配に少女は慌てて立ち上がる。
かくれんぼで見つかった時のように、心臓の鼓動が高まっている

ランニングシャツに短パン姿の少年が、驚嘆の表情を浮かべていた。


『こんな所に人がいるなんて思わなかったお!』

少年はそんな言葉を吐きながら、表情を崩していく。
だんだんと姿を変えたそれは、人懐こそうな笑顔になっていく。
少女も警戒の色を解くばかりだった。

『・・・・・ここは、私のお気に入りの場所なの』

『あれ、泣いてるのかお?』

少女は、その言葉の意味を理解出来なかった。

確かに、先ほどまでは干渉に浸っていた。
それでも、涙を流すまでには至らなかった。

それにも関わらず、少年は少女が泣いていると言ったのだから。


『・・・・・少しだけ、私の話を聞いてくれないか?』

少女は嬉しかった。
言葉や外見に囚われず、心を覗いてくれた少年の言動が。
故に、自らの想いを伝えるという結論に至った。

今までは向日葵に語っていた言葉を、彼に伝えていく。

自分の弱さを、人に曝け出していく。

それは初めてのことで、凄く心地よいものだった。
自分の発言に頷きや相槌が返って来るのは、どこか、こそばゆいものにすら感じた。
初対面だったからこそ、行えることだったに違いない。


少年の火照った頬に、汗が伝わっていく。
そんな汗を、彼はぐいと手で拭い、垂れるのを防いでいる。
茹だるような暑さに、若干の苦を覚えていた。

それでも、少女の話に耳を傾けることだけは止めなかった。


『うーん、それは大変だったお』

話を聞き終えると、少年はうんうんと唸っていた。
深く考えを巡らせているようで、軽薄であるようにも見える。

『自分の気持ちを素直に伝えれば良いんじゃないかお?』

そして、あっけらかんとそう言い放った。
相変わらずの打ち解け顔だった。


『本心を伝えるという事は、相手に不快感を与えることにはならないか?』

『何も言わない方が、よっぽど困るお』

そう、少女は年齢よりもずっと精神が成熟していた。
だからこそ、『気遣い』という言葉に悩まされていたのだ。

相手の気持ちを考えて、自分の気持ちを隠していく。
そのうちに、伝えるべき言葉が見つからなくなってしまった。

優しさ故の、苦悩だった。


しかし、少年はそんな考えをあっさりと否定した。
くだらないと吐き捨てるほど、容易に考えを終えてしまった。

『僕は馬鹿だから、言ってくれないと人の気持ちはわからないお。
 嫌なところでも言ってくれれば、直す事ができるかもしれないお。
 だから、自分の気持ちは、はっきりと言葉にした方が良いんだお!』

その言葉は、とても温かかった。

少年が少女よりも幼いからこそだった。
賢いとは思えない発言だったからこそ、意味を成していた。

じんと、胸に響いていくかのようだった。


『それに、今聞いた君の言葉が、なによりもそれを証明しているお!』

まさしく、その通りだった。 
純真無垢な瞳が、凄く綺麗だった。


『私も、そうすれば君のようになれるかな?』

『僕なんかよりも、ずっとカッコイイ人になれると思うお!』

そんな少年に、彼女は心奪われていた。
他人に元気を与えられる彼に、えらく感心していた。


『じゃあ、僕に気持ちを伝えるお!
 今思っていることを、正直に言って欲しいお!』

『そうだな・・・・・うーんと』

今日から変わってみようと思った。
少年の言葉を心に誓って生きようと思った。


『君は凄く良い人だ・・・・・けど』

『けど?』

太陽が燦々と光を降り注いでいた。
向日葵が、頭上で花びらを踊らせていた。

少女の口が再び開かれた。




『ちょっと、栄養を摂りすぎだと思うぞ』


『はは、ひっどいお』




何よりも、少年の笑顔が眩しかった。



太陽よりも、向日葵よりも、輝いていた。




        *         *         *


川 ゚ -゚)「覚えて、いたのか」

一度、涙を拭ってから彼女は言った。
記憶の旅から戻ってきて、すぐの出来事だった。

( ^ω^)「というよりかは、思い出したという程度だったお」

川 ゚ -゚)「それでもいいさ」

その程度でも、何ら変わりない想いをクーは抱く。

内藤の心の中に、少しでも面影があるのが嬉しかったのだ。
自分の事など、微塵も覚えていないものだと思っていたのだから。


( ^ω^)「じゃあ、これを受け取って欲しいお」

クーは黙ってブローチを受け取った。
しげしげとそれを見つめ、恍惚の想いに浸る。

一生の宝物にしようと思った。


川 ゚ -゚)(・・・・・・・・)

ブローチと内藤を交互に見比べる。
あの時と同じ、温かい気持ちが胸に溢れ出していた。


川 ゚ -゚)「なぁ、内藤」

( ^ω^)「なんだお?」

川 ゚ -゚)「君と、その女の子の関係が発展しないように願うよ」

(;^ω^)「ちょ、酷いお!」


川 ゚ -゚)「うまくいったとしても、私はお前といつまでも仲良くしたいな」

( ^ω^)「・・・・・・お?」

矢継ぎ早に、クーは言葉を紡いでいく。
本当の気持ちを、隠すことなく、率直に。


川 ゚ -゚)「私は嫉妬するんだろうからな、二人を見て」

( ^ω^)「・・・・・・・・・」

川 ゚ -゚)「でも、嬉しいんだよ。
     内藤が凄く楽しそうな表情を浮かべていて」

( ^ω^)「・・・・・・・・」

内藤は返事をしなかった。
今は唯、黙って話を聞いているのが得策だと思った。


川 ゚ -゚)「惚れたほうの負けっていうじゃないか」

( ^ω^)「・・・・・・・・・」

川 ゚ -゚)「私は、何があってもお前が好きなんだよ。
     きっと、これだけはずっと変わらないんだろうな」

ブローチの向日葵が、微笑んでいる。
友が、変わらぬ思いを与えてくれている。

懐かしくて、それでいて、新鮮な気持ちだった。


川 ゚ -゚)「これが、今の私の素直な気持ちだよ。
     君が言った通りに、はっきりと言葉にしてみせた」

( ^ω^)「・・・・・ありがとう、だお」

内藤の言葉を聞き届け、クーは歩みだす。
太陽にその顔を向けて、俯くこともなく歩みだす。
凛としていて、顔から仕草から何もかもが美しかった。

そんな彼女が、自分の想いを素直に吐き出していく。
今の自分を形成した男に、成長した姿を見せ付ける。

風がびゅうと吹き抜け、彼女の黒髪を揺らす。
クーは頬を撫でるそれに、向日葵の葉が体をくすぐる感触を思い出していた。
あの日よりものびた髪も、成長の証なのだろう。

そして、内藤は見惚れている。

夕日に向かう姿は、今までで一番綺麗と思えた。


川 ゚ ー゚)「なぁ内藤。私は君のようになれたのかな?」


振り向くと同時に、彼女は言った。

内藤の返事は、当然のように決まっていた。



何故なら、その時に見せた笑顔が、あの日少女が感じたように



太陽よりも


向日葵よりも


ずっと、ずっと―――



【第8話:おしまい】

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