P.B.Pのようです
-
310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:25:19.46 ID:oS87I5yW0
- 僕の立てた計画はあまりにも粗だらけで、
とてもじゃないけど褒められるようなものではなかった。
それでも、失敗する可能性は限りなくゼロに近いだろう。
きっと問題ない。
計画の欠点を補って余りあるほどの天賦の才が自分には備わっているのだから。
――――いや、これを才能と呼ぶのは少し違うな。
これは単に僕の性分であり、宿命であるのだ。
僕はただソレに従うだけだ。心配する事など、何もない。
夜が来た。
寒空の下。
昏い、闇の中で。
遠くに海の見える街。
この静謐を通り過ぎて、僕は目的の場所へと歩いていく。
ずっとずっと、歪んだ路を歩んでいく。
――――――――「P.B.Pのようです」
-
312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:26:16.90 ID:oS87I5yW0
※
季節は冬。
凍るような風が吹く街をすり抜けて、
ギコは窃盗事件の現場となった宝石店に足を踏み入れた。
店内には「KEEP OUT」と刻印されたテープが張り巡らされている。
鮮やかな原色のイエローが実に目に優しくない。
ギコは心底邪魔くさそうにその結界じみたポリエチレンの網を掻い潜ると、
先立って到着していた二人の後輩たちの元に歩み寄った。
(,,゚Д゚)「うぃっす」
( ゚∀゚)「あっ、ギコさん。お疲れ様ッス」
ギコの気だるそうな挨拶に、すぐにジョルジュ長岡は明るい声で返答する。
(,,゚Д゚)「お疲れも何も、今来たばっかりだがな。
まあ確かに外は寒かったけどよ」
そう愚痴るように言って、羽織っている着慣らしたコートの襟を正した。
-
313 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:26:50.61 ID:oS87I5yW0
- ギコは刑事であった。
歳は既に三十を過ぎ、今年で四捨五入すれば四十に達する年齢になる。
昨晩起きた事件は、はっきり言ってさほど大きなものではない。
宝石盗など彼らからすればよくある話だ。
そもそも窃盗という犯罪自体アシが付きやすく、
今回の事件も、すぐに解決できるだろうとギコは考えていた。
(,,゚Д゚)「どうよ、何か分かった事はあったか?」
割れたショーウィンドウを見ながらギコは長岡に尋ねる。
( ゚∀゚)「んー、今のとこ目立つ所は特になしって感じですかね」
(,,゚Д゚)「アレはどうだ、ガードマンの消息」
( ゚∀゚)「依然不明のままッスね。
……ってか、もしかしたら当日出勤してないんじゃないんですかね?
そうでもなきゃこんな簡単に警備を破られないでしょ。
或いは、実はこいつらが犯人だとか」
(,,゚Д゚)「ふむ……」
-
315 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:27:59.86 ID:oS87I5yW0
ただ一つ奇怪な点があるとすればそこだった。
この店の出入口は夜間三人の警備員によって見張られていた筈であるのに、
何故かあっさり侵入を許してしまっている。
(,,゚Д゚)「サボってやがったのか、警備の野郎」
更に不可思議なのは、
その場に居合わせた筈の警備員に連絡が付かなくなっている事だ。
とは言え、強盗殺人の線も薄い。
遺体及び凶器等が発見されていないところから、そう推測できる。
( ゚∀゚)「……おっと、忘れるところでした。一個だけありましたね、証拠らしきモノ」
(,,゚Д゚)「ほう、ちょっと見せてみ」
('A`)「これです。コイツが後に残されてました」
後輩二人のうち小柄な方であるドクオが口を挟んだ。
その手には一枚の何の変哲もなさそうな紙切れが握られている。
-
316 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:28:53.33 ID:oS87I5yW0
(,,゚Д゚)「おい、大事な資料を素手で掴むなよ……どれ」
ギコは部下の無神経さに呆れながら両手に白い手袋をはめ、
ドクオから紙を奪うようにして受け取った。
(,,゚Д゚)「……"P.B.P"?」
片側の面に書かれてあるただ三つだけの文字。
『P.B.P』。
意味不明なアルファベットの文字列に、ギコは軽く首を傾げる。
(,,゚Д゚)「おい、何だこれはゴルァ」
( ゚∀゚)「だからまだ分かってませんって。
分からないから、こうしてギコさんに見せてるんでしょう?」
(,,゚Д゚)「……む、まあ確かにそうだな」
もう一度、ギコは残置物に目を通す。
(,,゚Д゚)「……ふーん、成程な。おし。ドクオ、これ鑑識に回しとけ」
-
319 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:29:42.85 ID:oS87I5yW0
- ('A`)「ありゃ、そんなあっさり見切り付けちゃっていいんですか?」
(,,゚Д゚)「構わねぇよ。どうせ意味なんて理解できないだろうしな。
それよりだ、肝心なのは『犯人があえて手掛かりを残していっている』って事だよ」
( ゚∀゚)「どういう事スか?」
(,,゚Д゚)「警察への挑戦だろ、これ」
言いながら、ひらひらと紙を振ってみせる。
(,,゚Д゚)「普通だったらこんな証拠になりそうなモノは残していかねぇ。
それも、この紙切れはわざと置いていってやがる。
小説の真似事かは知らないけどな、犯人は怪盗になったつもりでやってんだろう」
('A`)「って事は、また盗みを犯す可能性が高いですね」
(,,゚Д゚)「だろうな。ったく、こういうのはガイジンがやるから様になるんだろうに。
……つかコレ書いた奴馬鹿だろ。何で手書きなんだよ。
やるんなら印刷してやれよな、最悪筆跡鑑定だけで特定されんぞ」
ギコはそう呟いて、雑な字で『P.B.P』と書かれた紙をビニール袋に詰め込んだ。
筆跡は重要な犯人の特徴の一つ。
こうしたところから犯人の正体へと繋がっていく。
-
321 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:30:20.39 ID:oS87I5yW0
( ゚∀゚)「……となると、今度はどこが狙われるんですかね」
長岡がメモを取りつつ訊く。
(,,゚Д゚)「そりゃお前、もう一度ここに来るだろうさ。
盗まれた宝石は等級で言えば二番目の価値の物らしいからな。
俺の勘だと、犯人は一等級の物を盗みに来るに違いねぇ」
この宝石店で最も高価なダイヤは、どういう訳か無事だった。
それをギコは不自然に思っていた。どうして一番の物を盗んでいかなかったのか。
――――恐らくは、「次はソレを盗む」という犯人からの伝言だろう。
確証がないにも拘らず、妙に自信を持ってギコは答える事が出来た。
彼の長年の経験からくるものなのか、はたまた単なる直感か――――。
それはギコ自身も分からない。
分からないが、不思議とそうだろうと思えたのだ。
( ゚∀゚)「はぁ。しかしまあ、何でそんな見え透いた事をするんですかね」
(,,゚Д゚)「いい加減分かれよ、これは犯人からの『挑戦』なんだぜ?
大方、警察の目を欺く事に喜びを見出してんだろうよ」
そういうもんですかね、と長岡は眉唾気味に応えた。
-
324 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:31:09.17 ID:oS87I5yW0
- ギコは構わずに舌を一度鳴らして続ける。
(,,゚Д゚)「なぁに、大した事はないさ。そう簡単に欺かれて堪るか。
長岡、ドクオ、今晩からこの店で張り込むぞ」
('A`)「うへっ、今日からですか?」
ギコの言葉にドクオは露骨に嫌そうな顔をする。
(,,゚Д゚)「当たり前だゴルァ、毎晩行わなきゃ張り込みの意味ないだろうが」
( ゚∀゚)「うわぁ、そりゃあちょっとキツいッスよ」
(,,゚Д゚)「アホか、大体お前ら若いんだから余裕だろ。
俺なんか中年に片足突っ込んでんだぞ、それを考慮しやがれ」
( ゚∀゚)「片足どころか、両足突っ込んで……げぼぉっ!?」
(,,゚Д゚)「ん、どうかしたか長岡? あァ?」
(;゚∀゚)「いや、何も言ってないでス、ハイ」
ギコの声の調子は柔らかかったが、
その固く握られた拳は見事に長岡の腹に突き刺さっていた。
-
328 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:32:09.66 ID:oS87I5yW0
- (,,゚Д゚)「とにかく、だ」
軽く咳払いをしてから、ギコが二人に指示を出す。
(,,゚Д゚)「店の閉店は確か……午後十一時か。
よし、じゃあそれまでにここに集合な。ちゃんと飯は食っとけよ」
('A`)「えっ、この後ギコさんが飯に連れてってくれるとかないんですか?」
(,,゚Д゚)「あるワケねーだろ、ボケ」
('A`)「今日もまた、スーパーのタイムサービスを待つ仕事が始まるお……」
( ゚∀゚)「持ち場はどうすんですか?」
(,,゚Д゚)「そうだな。俺が二階のガラスケース周辺を見張るから、
長岡は一階裏口を、ドクオは表口の監視を頼む」
ギコは区画を指差しながらそれぞれの持ち場を振り分ける。
自分に割り当てた場所は、最も窃盗犯の標的に近い所。
――――そこを守るのは自分しかいないと、ギコは知らず決意していた。
-
329 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:32:49.51 ID:oS87I5yW0
('A`)「あー、みなみけの予約しとかないと……」
ドクオと長岡の二人は顔ををしかめ、見るからに不満気にしていた。
ただ、先輩のギコが率先して此度の事件に当たっているのだから、
後輩である自分たちが与えられた任務を怠る訳にはいかない。
( ゚∀゚)「分かりました、三十分前にはこっちに着くようにします」
やむを得ないといった感じで渋々ギコの命令を承知した。
ギコが時計を確認すると、とっくの昔に短針は六の数字を通過していた。
外は既に夜の帳が下りつつある。
もうじき本格的な夜が到来するだろう。
(,,゚Д゚)「……あー、そうだ」
思い出したようにギコが手をぽんと叩いた。
最も肝要な事を忘れるところだったと、間伸びした表情にモロに表れていた。
それを隠すため、大袈裟なぐらいに神妙な顔つきを作って後輩たちに告げる。
(,,゚Д゚)「拳銃、忘れんなよ」
-
331 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:33:53.09 ID:oS87I5yW0
- ※
「へきしっ!」
全ての照明が落とされた室内で、一際大きなくしゃみの音が響いた。
(,,-Д-)「うぅ、さみー」
果たしてその轟音の主はギコであった。
右の人差し指で鼻を擦りつつ、しかし決して警戒は緩めない。
(,,゚Д゚)「クソッ、いつになったら来やがるんだ」
張り込みを開始してこの日で九日目。
犯人が侵入してくるどころか、その気配さえもない。
ギコは内心焦っていた。自らの推理が外れているのかも知れない、と。
閉店後の店内はやはり暗く、懐中電灯なしには歩く事さえままならない。
ギコは一等級ダイヤの入れられたケースを照らした。
僅かな光でさえ屈折させて美しく煌く金剛石を、ギコは心から綺麗だと思えた。
-
337 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:40:41.66 ID:oS87I5yW0
- けれど、そんな心の余裕はすぐに放棄した。
――――正確には、放棄せざるを得なかった。
一階から銃声が聴こえてきたのだ。
(,;゚Д゚)「んあぁっ!?」
思わず驚駭の声を上げる。
(,,゚Д゚)「な、下で何かあっ――――」
二言目を言い終わる前に、二発、三発と銃弾が放たれる音が耳に飛び込んでくる。
続いて四発目。少し遅れて五発目の音。
――――そこで銃声は止んだ。
急激に静けさが閉鎖的な空間を支配し始めた。
(,,゚Д゚)「おいっ、どうした! 長岡、ドクオっ!
……おいっ、返事しろってんだ、おめぇら! ゴルァ!!」
ギコは耐えかねて、一気に階段を駆け下り一階のフロアへと向かった。
-
333 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:36:17.96 ID:oS87I5yW0
- 人としての年輪を重ねたせいでギコの体力は歳相応に衰えていた。
少し走っただけで息が絶え絶えになってしまう。
(,;゚Д゚)「ハァ……クソッ、誰かいるのか!」
それでも両目だけはライトで照らし出した先を見据えている。
叫び声にも熱気がこもっている。
ギコは嫌な予感しかしなかった。
銃声がしなくなったという事は、交戦が終わったという事。
即ち、発砲した人間と対象になった人間の、どちらかが事切れたという事。
――――しかし、二人の返事はない。
(,#゚Д゚)「ゴルァ――――!! 出てきやがれぇ!!」
精一杯の胆力を込めて、ギコは怒声を店内に響き渡らせる。
だが返ってくるのは相変わらず残響のみ。
虚無感だけが漂う。
-
334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:37:21.68 ID:oS87I5yW0
- (,,゚Д゚)「……んっ?」
何かに気づき、ギコは足を止める。
これまで特に気に止めてはいなかったが、不意に嗅覚に違和感を覚えたのだ。
ふとした思いつきで、
そして同時に絶望しそうな心境で、彼は恐る恐る大理石の床に懐中電灯の光を当てる。
血痕があった。
目眩がするほどくっきりとした血の痕だった。
(,;゚Д゚)「――――っ!」
ギコはハッっと息を呑んだ。
言葉にならない声を叫びそうになるのを、ぐっと喉の奥へと押し込んだ。
目を凝らせば、幾つもの血痕が点々と床に落ちているのが分かる。
まるで一本の道を暗示しているかのように。
ギコは最悪の結果を考えたくなかった。
そして非情な事に、その結果である確率が最も高い。
その事も頭では嫌々ながら理解していた。吐き気が込み上げてきた。
-
338 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:41:43.88 ID:oS87I5yW0
(,;゚Д゚)「……はぁ……はァ……」
最早悪寒しかしない。
ギコは覚悟を決めて拳銃を握りしめ、その朱色の道標をなぞっていく。
(,;゚Д゚)「で、出てきやがれ、ゴルァ……!」
部下を失った事への憤怒。
それに対して何も出来なかったという自責。
言いようのない恐怖。
さまざまな感情が入り混じったまま、ギコは紅が示す通りに進んでいく。
(,;゚Д゚)「何だこりゃあ……ただの宝石盗じゃなかったのかよ……」
徐々にギコの足取りが鈍っていく。
心のどこかで躊躇いたくなるような畏れを感じているからだろう。
血痕は歩を進める度により濃くなっていった。
懐中電灯の眩い光は床と前方を交互に行き来している。
-
340 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:42:34.83 ID:oS87I5yW0
- そして、ようやくライトは不吉の正体を捉えた。
店奥にある用務室の手前に犯人と思しき人影が佇んでいた。
一見すると、意外と平凡な容姿の男だとギコは思った。
(,,゚Д゚)「貴様、よくm――――」
先制攻撃とばかりに、ギコは即座に三十八口径のリボルバーを構える。
――――だが、相手は微塵も平凡などではなかった。
ギコが引き金を引くよりも早く、恨みのこもった啖呵を切るよりも早く、
男は獣のような速さで彼へと飛びかかったのだ。
(,;゚Д゚)「なっ――――!!」
男は突進の勢いでギコの手から拳銃を弾き飛ばした。
そのままギコを床に押し倒し、馬乗りになって相手の顔を凝視する。
絶大すぎる威圧感。
ギコは思わず懐中電灯をも手放してしまった。
そのせいで、暗がりに紛れている男の動作を正確に把握する事が出来ない。
けど、ギコにも一つだけ分かる事があった。
――――死ぬ気で足掻かなければ殺されてしまう、と。
-
342 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:43:26.94 ID:oS87I5yW0
- (,;゚Д゚)「やめろっ、やめろぉぉ!」
ギコの必死の懇願は男の耳には届かない。
男の手にした何か刃物のようなモノによって、ギコの左胸は引き裂かれた。
心臓の破裂する音が、今度はギコの耳に入る。
一体その凶器が何であるか、ギコには最後まで判断が付かなかった。
その前に意識が深淵へと堕ちていったのだから。
大量の鮮血が盛大に飛散する。
壊れたスプリンクラーみたいに噴き上げて、宝石店の清らかな内装を汚していく。
(,, Д )「あああアああァァァぁぁぁぁァあああアあっ!!」
刑事の断末魔の叫びが虚しく反響する。
十数秒間びくんと痙攣した後、ギコはすっかり動かなくなった。
絶命していた。
ギコの返り血を浴びながら、男は満足げに右の口角を釣り上げた。
ひどく歪んだ微笑みだった。
-
345 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:46:40.77 ID:oS87I5yW0
- ※
時刻は午前一時半。
僕は目的の宝石店に到着した。
辺りは光まで吸いこんでしまいそうなほどの深い暗闇に包まれている。
その漆黒を置き去りにして、僕は店の中へと入っていった。
裏口の鍵は前回侵入した時に細工を施してあり、
細い棒を刺して少々動かすだけで簡単に開ける事が出来る。
早速扉をくぐると、中は予想通り外以上に暗かった。
けど、僕の網膜には人よりもずっと多くの桿体細胞が含まれており、
色の区別が付かない事を除けば昼間同然に周囲を見渡す事が出来る。
つまりは異常体質だ。
そして僕は長く闇夜の中を歩いてきた。
目は完全に暗順応している。
僕にとって、こんな環境など何の問題もない。
-
350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:55:06.49 ID:oS87I5yW0
入ってすぐのところに誰か男が立っていた。
手にしているライトは見当違いの方向を照らしていて、
幸いな事に、まだ僕の存在に気が付いていないようだった。
僕は音を立てないよう慎重に、かつ迅速に男の背後に回り込んだ。
「っ!?」
助けを呼ばれないよう、左の掌で男の口を塞ぐ。
そして、右手に持ったコールドメスで男の喉元を一突き。
「――――っ! ――――!?」
男は声になりそうもない悲鳴を漏らすが僕はソレを無視。
突き刺したところからメスを素早く下に引いて、喉を完全に切開する。
そのまま刃を胸に這わせて、心臓の辺りに達した所で力を込めて先端を刺し入れた。
僕はその感覚に酔いしれた。
この上ない快感だった。
-
351 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:56:35.90 ID:oS87I5yW0
- (´・ω・`)「…………ん?」
僕は愉悦に浸るのをやめると、
男がぎこちない手つきで何やらごそごそと腰の辺りを漁っているのに気付いた。
――――まだ、生きている……?
少しだけ僕は狼狽する。
男はそこから拳銃を取り出し、一発、宙に向けて発砲した。
その後でぐったりとして動かなくなった。どうやら、やっと息絶えたようだ。
(´・ω・`)「しまった……油断した」
成程、声を出せないのなら何でもいいから音を出せばいいのか。
そんな手段なんか頭の片隅にもなかった。
僕は人知れず後悔する。
だけど、遅かった。
もう一人の警備員らしき人物がこちらに駆けつけてきた。
-
353 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:57:23.80 ID:oS87I5yW0
- そいつは震える声で怒りをぶつけてくる。
(;'A`)「て、てめぇ……長岡を……長岡に何を……!」
つい先程殺した奴よりも若干背の低い男だった。
唯一大きく違う点といえば、彼の手には回転式拳銃が握り締められている事だ。
その銃口は確かに僕へと向けられている。
――――でも、やはり何の問題もい。
相手はあまり射撃に慣れていないのか、両手で銃を握っている。
そのために貴重な光源であるライトを放り捨てていた。
(´・ω・`)「そんなんじゃ、狙いなんかマトモに定められないよ」
普通の人間には不可能だ。
明かりのない中でターゲットに照準を付ける事など。
まして、僕の眼前に立つ男は明らかに怒りと怯えから平静を欠いている。
思った通り、男が放った二発の銃弾は僕の脇すらかすめずにどこかへ流れていった。
思わず嗤ってしまった。
-
355 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:58:35.82 ID:oS87I5yW0
- 僕は男の様子を観察した。
じっとりと冷や汗をかいて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
(´・ω・`)「そんな事しても無駄だよ。弾もそうだし、君の命もだ」
僕は視る事まで出来る。
相手は見る事さえ出来ない。
(;'A`)「くそっ……チクショウ……!!」
男はヤケになったのか今度は僕に向かって急接近してきた。
多分、近寄れば当たるとでも思っているのだろう。
けれども、そんなのは甘い考えだ。距離なんてものはこの場合さして重要じゃない。
必要なのは強い意志だ。
そんな揺らいだ意志じゃ、命中なんてさせられる筈がない。
(;'A`)「うわああああああああア!!」
やはり、当たらなかった。
-
356 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 20:59:54.62 ID:oS87I5yW0
- 僕は冷静にさっき死んだ男の手から拳銃を拾い上げて、構える。
(;'A`)「っ!」
男が息を呑み込む様子がよく分かる。
あくまで落ち着いて、ジグソーパズルの最後の一ピースをはめるような心持ちで。
僕はゆっくりと引き金を引いた。
けたたましい銃声と共に弾丸は男の眉間に命中した。
声もなく男はその場に崩れ落ちる。
即死を確信した。
瞬く間に男から生の気配を感じ取れなくなってしまったからだ。
痙攣さえしていない。
(´・ω・`)「――――ふぅ」
床に転がった死体を俯瞰する。
片や喉から胸に掛けて大量に流血し、片や頭部を無残に撃ち抜かれている。
僕はその二つの屍を人目に付かない場所へと運んだ。
これからコレを処理しなければならない。
-
358 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:00:33.53 ID:oS87I5yW0
――――僕は以前、外科医をしていた。
今はもう辞めてしまったが、病院に務めている間はそれなりの地位と収入を得ていた。
何故退職したのかというと、
手術中に摘出した臓器を食べてしまったからだ。
どうやら、僕はカニバリズムを好む性分であるらしい。
そのせいで僕は病院から追われる事となった。
まあ、当然だろうな。
第一ずっと食人癖を隠していた訳で、その場の気の迷いなんかではないのだから。
一度やってしまったら、その後は執刀の度に僕は人体部位を食べ続けていたに違いない。
このままだと院の名誉に傷が付くと病院側も判断したのだろう。
ああ、でも今となってはあの時の僕の選択は間違ってなんかいないと断言できるよ。
自分の好きなように生きて、自分の好きなように食べられる。
それはなんと幸せな事か。
真っ当な職を失うデメリットなんか、代償としては破格の小ささだ。
-
359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:01:50.01 ID:oS87I5yW0
医師免許を剥奪されてからというものの、
自由を手に入れた代わりに、危惧した通り金銭的な不具合が生まれてきた。
僕は何かいい方法はないか熟考した。
……そして、一つの妙案を思い付いたのだ。
二年ほど前から僕はそのアイディアを実践している。
――――そう、怪盗だ。
自分の才を十分に生かす事が出来る。しかも趣味と実益を兼ねているときた。
ある意味天職なのかも知れない。
(´・ω・`)「うん、どっちも問題ないな」
かつて医者だった事もあって、こうした生死の判別には長けている。
両者共に確かに死亡している。
そう判断を下した時だ。背後から乾いた足音が聴こえてきた。
(´・ω・`)「……ああ、でも、どうやら別の問題が出てきたようだね」
人の気配を察知して振りかえる。
僕の顔を照らす懐中電灯の白い光がそこにあった。
-
362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:02:49.12 ID:oS87I5yW0
- 「貴様、よくm――――」
光を放っている主は、見たところ先程殺した男たちよりも年配の、
そして恐らく僕よりも年長の男性だった。
考えるに、この男は二人の先輩格に当たる人物だろう。
だが呑気に思考している暇はない。
彼は片手でリボルバーを握っている――――さっきとは、違う。
決して発射させてはならない。
いつの間にか、僕は反射的に体全体のバネを使って男へと飛びかかっていた。
「なっ――――!!」
無心で男の右手から拳銃を払いのけた。
疾駆の勢いそのままに男を床に組み伏せ、マウントポジションを取る。
その際に懐中電灯も男の手から離れたようだ。
――――ああ、実に好都合だ。自分は本当に運がいい。
きっと、僕は天に愛されているのだ。
-
363 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:03:45.50 ID:oS87I5yW0
相手の顔を睨み付けた。
……脅えている。きっと、僕の殺気に直に触れているからだろう。
(,;゚Д゚)「やめろっ、やめろぉぉ!」
懸命な表情で頼んでくる。
何としても生きようとする意志が感じられて大変よろしい。
そこに『揺らぎ』なんて全くない。
でも――――そんなくだらない願いを、僕が叶えるとでも思ったかい?
メスを男の心臓部へと刺し込んだ。
病院にいた頃に横領したモノだが、これが中々どうして使い勝手がいい。
自宅にはまだ何本ものストックがある。ここで折れてしまっても全然構わない。
だから、折れてしまいそうなほど強い力で僕は銀の刃を突き立てた。
ポンプから勢いよく血が噴出される。
ぶしゅう、ぴちゃりぴちゃりと毒々しい音を立てて。
当然僕の体にもかかってしまうが……まあ、この際いいだろう。
どうせ夜中のうちに仕事は済ませてしまうのだから。
-
366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:04:52.10 ID:oS87I5yW0
心臓が完璧に張り裂けた。
(,, Д )「あああアああァァァぁぁぁぁァあああアあっ!!」
……うるさい。
僕は一層メスに力を込める。
しばらく男は跳ねるように痙攣していたが、ある時を境に動かなくなった。
死んだのだろう。
僕はゆっくりとメスを引き抜いて、粘っこい血液をを男のワイシャツで拭った。
死体は三つに増えた。
只今の男があれだけ大声で叫んでいたのに救援に誰も来ないという事は、
多分これで警備の人間は最後なのだろう。
僕は安心して死体の処理に専念する事が出来た。
さあ、早く食べてしまおう。
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368 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:05:27.07 ID:oS87I5yW0
解体用に準備したメスで丁寧に人体をバラしていく。
幾つかのパーツに分けたら、あとは咀嚼して飲み込んでいくだけ。
――――ああ、もう限界だ。
僕は夢中で人肉にかじりついた。
まずは左腕、次いで左足。
人間の肉は固くて生臭い上に、骨やら臓器やらまで食べなければならない。
そうしなければ痕跡が残ってしまうからだ。
だけども、僕にとってヒトを食べる事は最高の娯楽だった。
ちっとも苦痛に感じない。
これ以上ない快楽であり、また背徳的な行為だからこそ、ますます興奮する。
肉を軒並みしゃぶり尽くした後は、今度は骨を噛み砕いていく。
ひどく硬いが自分にはさほど関係ない。
がりがりと豪快にかじり、砕けた骨が喉に刺さらないよう注意を払って呑み込んだ。
一方、臓器や脳は柔らかくて食べやすい。
僕はそれらを最後に食す事にしている。
最後に潰した睾丸を胃に収めて、一人目の処分が完了した。
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370 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:06:18.02 ID:oS87I5yW0
- 生まれつき、人の肉を噛み千切れる歯を持ち、
生まれつき、人の骨を噛み砕ける顎を持つ。
生まれつき、咀嚼した人肉を嚥下できる喉を持ち、
生まれつき、血の味を厭と思わない。
生まれつき、禁忌を犯す事に抵抗がなく、
生まれつき、ヒトを食べる事を生き甲斐とする。
――――そう、僕は生まれた時から歪んでいたのだ。
人体構造も嗜好も、何もかも逸脱している。
これは僕の性分だ。
性分に沿って生きなければならないのは、僕に与えられた宿命なのだ。
かと言って異常者なんかではない。
自分は異常なのだと自覚しているのだから、それには当てはまらない。
僕は生来の怪物。
正真正銘のフェノメノだ。
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371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:06:51.90 ID:oS87I5yW0
- 三つ全ての死体を食べ尽くして、僕は立ち上がり次の作業に移った。
まだ若干胃袋には余裕がある。
どうも僕の胃液は酸が非常に強いらしく、あっという間に食物を消化してしまう。
(´・ω・`)「面倒くさいなぁ、まったく」
店内の到る所に血が付着しているので、それを舐め取らなければならない。
壁に飛び散ったものから、床に零れ落ちたものまで。
血の痕が完全に消えるまで僕は赤い溜まりをすすっていった。
(´・ω・`)「……これでよし、と」
やっとの事で遺体処理と証拠隠滅が完了した。
時刻を確認すると、現在午前三時前。
(´・ω・`)「さて、ゆっくり盗みをさせていただきますか」
二階に上がり、ショーウィンドウを拳で叩き割る。
警報が鳴っているようだが、この店の内部には僕しかいないのだから意味がない。
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374 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:07:30.65 ID:oS87I5yW0
- 持ち上げたダイヤモンドの指輪を宙に掲げ、そのコンディションを調べる。
照明が落ちているので輝き等は分からない。
ただ、形からしてかなり良い物なのだろうと推し量れる。
……とは言え、あまりコレ自体に興味はない。金になりさえすればいいのだ。
(´・ω・`)「一等級のダイヤ、確かにいただきましたよ」
呟きながら僕は一枚の紙切れを取り出して、割れたケースの中に差し入れた。
証拠というものは少々は残していくべきなのだ。
怪盗が怪盗たる所以はそこだ。多少はヒロイックな面が必要なのである。
僕の存在が少しずつ世間に広まっていく―――――ああ、なんて愉しい事だろうか。
紙に書かれた『P.B.P』の文字を見て、思わず僕は笑顔になってしまう。
自分を表現するのに、これ以上に相応しい言葉はない。
『Phenom Became Phantom(怪物から怪盗へ)』。
――――――――「P.B.Pのようです」 終
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375 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。
:2007/12/05(水) 21:08:19.66 ID:oS87I5yW0
- あとがき
読んでいただきありがとうございました
合作本編とは真逆の雰囲気で書いてみました。疲れた。俺乙
元ネタ
MLBの投手ドワイト・グッデンの凋落を記した特集記事のタイトル
「From Phenom to Phantom(怪物から怪盗へ)」から
イメージソングのようなもの
http://www.youtube.com/watch?v=lYYhtqPVlk4&feature=related
合作はまだまだ続きます。楽しんでいってくださいな
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夏の日さん乙でした!!!!!!!
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