137 :祭り11「カチョウフウゲツ」



 数年前からVIP市に夏季限定で出没し始めたローカル怪人「カチョウフウゲツ」は
 今日みたいに湿気でジメっとした夜に街を徘徊して周辺住民のドひんしゅくを買っていく。
 
 しかし案ずることはない。
 
 こいつが出来るのはせいぜいキモがられることぐらいなのだ。

 「おれはカチョウフウゲツだぞぉ」と「火のよぉ〜じん。カチカチ」のノリで叫んで練り歩く。
 どう見てもキモイし精神異常者だし何よりも近所迷惑。

 騒音→通報→逮捕。

 このコースをカチョウフウゲツは何度も経験しているのだがやつは留置所から出てきては行為を繰り返す。
 「おれはカチョウフウゲツだぞぉ」

 警察が頼りにならんことを知ると、今度はカチョウフウゲツを個人的にリンチにかける連中が現れた。
 
 金属バット、出刃庖丁、竹刀、ゴルフクラブ。
 
 各自、相手がビビって奇行を自粛するだろう武器を構えてカチョウフウゲツを囲んだ。



(#,,゚Д゚)「うるせぇんだゴルァ! しばきたおすぞゴルァ!」

 いの一番にカチョウフウゲツを脅しつけたのがギコだった。
 やたら短気だけど仲間内でだけはイイやつで通っているヤンキーの模範みたいなやつ。

( ∵)「おれはカチョウフウゲツだぞぉ!」

 スクリームマスクを被ったカチョウフウゲツはギコをシカト。

 仲間の前で恥をかかされてはヤンキー的にオイシクない。

 ギコは自分の肩の上まで金属バットを持ち上げてカチョウフウゲツの右肩に振り下ろした。

( ∵)「ウゴ……」

 ギコのバットが合図となり、集団はカチョウフウゲツをボコり始める。

( ∵)「ウゴ……ウゴ……」

 金属バットが、竹刀が、ゴルフクラブが、カチョウフウゲツの身体へ喰いこんでいく。
 ドクオの出刃庖丁はカチョウフウゲツの手足の先っちょをひっかくだけだったが。



( ^ω^)「……」

 ぼくは金剛杖でカチョウフウゲツの脇腹を何度も突いていた。
 
 ちなみにこの金剛杖は「冥途の土産」にと両親に強要されて祖父と共に無理矢理登らされた富士山で買ったものだがそんなことはどうでもいい。
 
 ぼくが金剛杖を持参したのは目立ちたかったからである。

 バットや竹刀なんて武器の王道すぎる。
 ふだんヤンキー集団の腰ぎんちゃく扱いを受けている身としては選択した武器のセンスだけでも主役になりたかった。

 その点はドクオも同じ気持ちだったのだろう。
 出刃庖丁を抜き身で持ち歩き、「有事にはキレる自分」をアピール。
 もっともカチョウフウゲツの腹をぶっ刺す勇気なんてドクオには無くて、結局はヘタレであるということをぼくらに再認識させただけだった。



(#,,゚Д゚)「ゴルァッ! ゴルァッ!」
  _
( ゚∀゚)「ひゃはは。死ね死ね」

( ∵)「ウゴ……」

 集団のリーダー格であるギコとその親友であるジョルジュの攻撃は容赦なかった。
 
 もし殺してしまったら……。そんな考えは彼らにはとても見受けられなかった。
 
 一方的なギャクサツはしばらく続き、やがて亀みたいに地面に丸くなっているカチョウフウゲツはうめき声すらあげなくなった。

 ここまでやれば仲間に対する体面は保てたということなのだろう。
 
 カチョウフウゲツに対する暴力は止み、「これからは舐めた真似すんじゃねぇぞ」
 と、ギコがカチョウフウゲツの脇腹に蹴りを入れた。それでその晩の"ヤキ"はおしまい。
 
 ぴくりとも動かないカチョウフウゲツをぼくらは後にし、帰りにマックで夜食を食べてから各自家に帰った。



 ぼくらがカチョウフウゲツに"ヤキ"をいれてから、夏の風物詩のひとつに"ヤキ"が加わった。
 なにせカチョウフウゲツは懲りない。
 いくら暴行を加えたところで自分の名前を叫びまくるという奇行を止めない。

 市内の中高生はこぞってカチョウフウゲツをちょうどいいサンドバッグ代わりに殴った。
 色々ある年頃だ。みんないらいらしている。

 食事、睡眠、セックス、暴力。
 人間の四大欲求。
 暴力は社会に抑えつけられている。
 いつだって爆発する時を待っている。 

 ぼくもギコ達に誘われて何度かカチョウフウゲツ狩りをやったが、中三の夏から参加するのをやめた。

 どうせギコ達とは中学までの縁だ。
 来年からはヤンキーに媚を売らなくても青春を謳歌できるのだ。

 そしてぼくは地元のそこそこの公立高校に合格した。
 毎年夏になるとカチョウフウゲツが騒ぎだすが、ぼくは決して関与しないようにと思った。
 せっかくヤンキーと縁を切ったのに、その思い出をいまさらむし返すことはないだろう。





('A`)「よっ。ブーンだろ。久しぶり」

( ^ω^)「誰だお?」

 二十歳になったぼくは成人式に参加するために地元へ里帰りをしていた。
 大学は京都の私大。

 成人式の終わった後での同窓会でぼくは見知らぬ男に声をかけられた。
 
 中学を卒業してからもう数年経っている。
 昔の同級生もみんな変わった。しかし面影は残る。それでおおよそ誰が誰か判断できる。
 
 この男は誰だ? 左右の眼の高さの違うという顔の特徴をもった同級生はぼくの記憶にない。


('A`)「おれだよ。ドクオだよ」

 ああ、ドクオか。パシリの。
 ぼくは胸の中でぽんと手を叩く。



('A`)つ□「つもる話は色々あるけど。乾杯」

( ^ω^)つ□「お」

 ドクオはぼくの隣の席に陣取ると、ビールと焼き肉をぐちゃぐちゃ喰い始めた。
 
 別に隣が女じゃないと嫌というわけではない。下品な化粧と髪型の田舎女なんて心底どうでもいい。
 
 しかしせっかくの同窓会だというのに隣がドクオではあまりに冴えない。
 
 ぼくは周囲を見渡し、暇そうにしているやつがいないかと探す。
 
 ジョルジュの周りに女が群がっている。やはり田舎ではヤンキーが強い。

( ^ω^)「あれ、ギコがいないお」

('A`)「ああギコね。ギコ。都落ちしたよ」

( ^ω^)「都落ち?」

('A`)「ギコの先輩のナントカって族のナントカさんの女をやっちゃったんだって。
   土下座と三十万で済んだらしいけどそっから仲間からハブられてんの」



( ^ω^)「ふーん」

('A`)「アイツも今頃カチョウフウゲツだろうな」

(;^ω^)「は?」

 こいつはいきなりなにを言いだすのだ。

('∀`)つ□「ちなみにおれも昔カチョウフウゲツだった。はいカンパ〜イ」

(;^ω^)つ□「???」



 それからドクオは聞いてもいないのにべらべら喋り始めた。
 
 カチョウフウゲツは人生の脇役が主役になる手段だと。
 
 叫び回っていれば街の人間はカチョウフウゲツを嫌でも注目せざるをえないと。
 
 血まなこになって追いかけてくるガキほど注目を欲しており、そういうガキほどカチョウフウゲツになりやすいのだと。
 
 そして、カチョウフウゲツになった人間はほとんどの場合、マスカキを覚えたサルのように、殺されるまで行為を止めはしないのだと。



('∀`)つ□「つまりカチョウフウゲツを消滅させられるのはお前だけなんだよブーン。カンパ〜イ」

( ^ω^)つ□「わけがわからないお」

('A`)「だからぁ。嫌いって感情は好きに転じるものだろ。カチョウフウゲツを嫌っているやつほどなってしまう可能性が高いんだ。
   無関心なお前ならカチョウフウゲツを完全消滅させることがでるかも、ってな」

('∀`)つ□「俺は駄目だ! 一回なっちゃったし! 眼をぶん殴られて正気に戻れたけどな! はいカンパ〜イ」

( ^ω^)つ□「注目の快感より死の恐怖が上回ったということかお。ヘタレらしいというか……」



( ^ω^)「そういえば何でギコがカチョウフウゲツになったと思うんだお?」

('A`)「あいつは人気者だったからな」

 一度注目の快感に味をしめたら中毒になるってことか。

( ^ω^)「まぁいいお。暇だし、出来たら頑張ってみるお」

( ^ω^)「ドクオ?」

(-A-)zzz

( ^ω^)「潰れたかお」





 二次会はパスすることにした。
 ぼくは実家のベッドに寝ころんで考える。
 カチョウフウゲツを消す方法。
 
 そしてひとつの考えに至った。
 ぼくの思いついたアイデア。それは。



( ∵)「これでオッケーだお」

 京都の下宿に戻ったぼくはドンキホーテで買ったスクリームマスクを洗面台の前でかぶる。
 ぼくはこれから京都の街をひんしゅくのドン底に突き落とそうと考える。
 カチョウフウゲツの個性を根こそぎ削り取るつもりだ。

 色んな土地で叫ぶつもりだし、季節は夏だけなんてケチなことは言わない。
 カチョウフウゲツをありふれたものにする。
 やっていても大して注目を浴びないような、日本中にカチョウフウゲツのブームを起こす。

( ∵)「おれはカチョウフウゲツだぞぉ!」

 京都の市街を叫び歩く中でぼくは思いだした。
 何でヤンキーの取り巻きなんてやっていたんだっけ?
 
 ああそうだ。
 
 人気者になれると思ったからだ。
以上

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